∞∞この続きはコーヒーと一緒に∞∞

その日その時、感じたことを感じたままに。まるで誰かと語り合うコーヒーブレイクのように。

≡≡ 鎮魂の日は復興への一里塚 ≡≡

3.11を「鎮魂と復興の日」に

 「ワアー、凄いめまいだ。立っていられない」

 あの日、東池袋で地下鉄に乗ろうとしていた僕は地震を酷いめまいと勘違いして階段の途中で座り込んでしまいました。
 その後、地震ということが判り、すべての電車が止まっていることが判り、歩くか超満員のバスに乗るかしか選択肢がない中、その日の予定をキャンセルしてもらってノロノロ運転のバスで帰宅しました。

 すっかり夜になった頃ようやく帰宅して、家財道具が散乱しているなかテレビを点けると東北沿岸が巨大な津波に襲われている状況が流れてきました。しばらくの間、ニュースを注視していないと、世の中がいったいどうなっているのか理解することさえ出来ませんでした。
 原発が爆発し、放射能が飛散し始めたのは次の日でした。想像も出来なかった状況をニュースで見て、これからの展開に対する不安と、津波対策や原発の安全性の基準などに対する憤りと、亡くなった方や避難している方への心配が入り混じった状態に陥ったのを覚えています。

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 あれから8年。

 新しい街づくりもようやく“見える”ようになり、住んでいる人々の強さと避難している人々の苦悩を知るようになり、原発事故の恐ろしさを知るようになりました。

 「津波てんでんこ」という言葉を知ったのもこの時でした。

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 現在、関東大震災が発生した9月1日は防災の日とされています。しかし、この日とは別に3月11日を「鎮魂と復興の日」と定めてはどうかと思うんです。
 一年に2回も災害関連の日を設けるのはいかがなものかとも思いますが、毎日が鎮魂の日と考えればおかしくはないはずです。復興させる力を再確認する意味も持った日とすれば、鎮魂、復興、災害それぞれの視点で「今の日本の防災力」を確認できるのではないでしょうか。

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 ともあれ。今日は「亡くなった人々への鎮魂の日」であるとともに、復興の現場で尽力している皆さんにエールを届ける「復興への道のりを確認する日」として、厳粛な気持ちで過ごすことにします。

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