道案内でひと談義
「ちょっとお伺いします。自性院というのはどこでしょう」。
汗をかくぎりぎり一歩手前まで気温が上がった今日、久々に大黒天様にご挨拶に行こうとして不忍通り沿いの一乗寺の角で信号待ちをしていた僕に道案内を乞うてきた方がいらっしゃいました。
「自性院? 聞いたことあるな、どこだっけ」と思いつつ、その方がお持ちだった谷中マップを見せてもらうとすぐ判りました。
「今、ここにいます。自性院はあそこの石屋さんの向こうですよ」。
「たしか川口松太郎の「愛染かつら」のタイトルはこちらの愛染明王から取ったものじゃなかったですか」。
と、ここまでは普通の道案内でした。
「実は今、御府内八十八ヶ所巡りに挑戦しているんですが、この辺りは道は入り組んでいるし、お寺は多いし、迷ってしまいました」。
そうおっしゃるのも当然です。
「この辺りは路地を覚えるだけで数年、お寺となると至難の業ですよ。なにしろお寺が長屋みたいに並んでいる土地ですから」。
その方は納得したのか、呆れたのか、急に力が抜けたようでしたが、八十八ヶ所巡りというのを思い出したようで、
「地図に愛染かつらゆかりの地と書かれているいるのも気になりましたが、まず行ってみます」。
と言いながら向かい始めました。
四国以外に八十八ヶ所巡りがあることを知らなかった僕は、歩き始めたのを引き止めて
「東京で八十八ヶ所巡りが出来るんですか」と聞いてしまいました。道案内のあとは、こちらからの質問会です。
世間話も交えながら、いろいろ教えてもらいました。
あるんですねえ、こういう道中も。さすがに八十八ヶ所は難しいけれど、谷中辺りだけでもお詣りしてみようかという気分になってしまいました。
谷中には80以上のお寺が立ち並んでいると言われています。つまり、お寺があって当たり前のエリアです。そんな場所に八十八ヶ所巡りの霊場があるなんて……。
ちょっとだけ、地元通になったようです。フフフッ。
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