今のうちに
常識を疑いながら
乗り越えるべき課題を出し切って
来週からコロナ対応のワクチン接種が始まると言われているが、本当に届くのかというような根本的な問題からはじまって、課題山積みでその日を迎えようとしている。
マスメディアもデータや専門家の意見をもとに副反応への警戒心を和らげようと躍起になってきたが、ここへきて1本のワクチンで当初計画していた5/6しか接種できないというような問題まで出てきてしまった。
政府が製薬会社と契約した後で基本になる注射器の形状が変わってしまったというのがその理由だそうだが、市井の人間としては、どこでどう食い違いが出てきたのか苦笑い付きの疑問が湧き出てくるばかりである。
ところで、この問題は接種時に余ったものは廃棄するということでは済まない事態に発展しかねない問題だと思っている。
接種を希望する人には必ず行き渡るのを前提に考えても、廃棄分と新規発注分を合計した費用はいくらになるのか、追加発注した場合でも円滑に供給できるのか、万一の場合製薬会社が違っても接種するのか、などなど越えなければいけない山は高く厳しい。
あの“アベノマスク”のように「やったはいいけれどドジ踏みました。恥かきました」ということにならないように願うばかりである。従来の常識だけで進めると痛い目にあうという経験が活かせなかったのだったとしたら大問題である。 国は官僚組織にありがちな臨機応変にモノゴトを捉えられない慣例遵守体質では立ち行かないということをどう考えているのだろう。
実際にワクチンを接種してくれる地方自治体や医療関係者は、国を信じて準備を進めているという。今は接種に消極的な人たちもこの“経験したことのない大事業”が順調に動き出せば、敬遠する人も減ってくるはずだ。国民皆接種を目指すためには準備段階ですべての不安や疑問点をクリアにすることは必須事項。どうやってクリアしていくのか、お手並み拝見である。
[0210 - 3688]