∞∞この続きはコーヒーと一緒に∞∞

その日その時、感じたことを感じたままに。まるで誰かと語り合うコーヒーブレイクのように。

≡≡ 4月になって ≡≡

どうする、自転車ヘルメット

 4月1日。いくつかの新制度が始まりました。今年は育児休業の義務付けやデジタルマネーによる賃金支払、雇用保険増加など「働き方改革」関連のものが多いようですが、個人的に関心度が高まっているのはただひとつ。『自転車ヘルメットの努力義務化』です。

 すでに警察をはじめとして、宅配便も郵便局もヘルメット姿になっていますが、個人的には、昨年末に政令閣議決定して以来いまだに「ママチャリ乗るのにヘルメットがいる?」のままです。
 事故による死亡率が高いので、それを予防するためという趣旨は分かります。ですが、効果とリスクを天秤に掛けると、まったく実感が湧きません。

 ただでさえ汗っかきなのに、ヘルメットを被ると頭が蒸れるじゃないか。ヘルメットを脱いだ時に髪の毛にハチマキ状のクセが残るんじゃないの。脱いだヘルメットはどこに収納すればいいの……。些末だけど気になる課題がいくつも出てきます。
 これまで小学生が被っているのを見ながら「ウム、安全のためには必要だ」と思っていましたが、いざ自分がその立場に立たされると戸惑ってしまいます。

 深夜の一般道を時速40キロ程度で走り抜けるのが当たり前で、危険性も体感していた二十年近く昔の自分だったら、即被っていたと思います。ですが、ママチャリでユルユルと走ることしか考えなくなった今、「本当に必要かなあ」と思う心が支配的なんです。

 あくまでも“一応”ながら、前向きにリサーチしてみようとは思っていますが、今のところは二の足を踏むというのが正直なところ。自分なりに納得できそうなものが見つかれば手に入れると思いますが、どうなることやらです。

 さて、どうしたものか。なんとも厄介な努力義務が出来たものです。
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[season13┃01 Apr. 2023┃11:20 JST
┃CHERRY BLOSSOM in YANAKA 3/9┃
yanaka district, taito city. Photographed on 09 Mar. 2021

≡≡ 雷乃発声 ≡≡

かみなりすなわちこえをはっす
(七十二候:春分末候)

 細かく分けすぎた結果、季節の移ろいとのズレが大きくなり、現代の生活リズムに取り入れ難くなってしまったのが七十二候の欠点だが、そうはいっても、着実に候は進んでいく。
 今日からの5日間は『雷乃発声:かみなりすなわちこえをはっす』の候である。

 つい先日の東京のように、雷の音が遠くで聞こえ、本降りの雨が降りしきる天候のことを思い出すと「なるほど、そうか」と思わず納得してしまいそうだ。

 農耕社会のなかでは、雷が鳴り、雨が降りしきる春の日は、近い将来迎えるはずの収穫への下準備の時期だと信じられていた。
 つまり、雨水は木々や草花に成長に欠かせない水を与え、土に含まれた栄養素の吸収を促す源泉である。当然、そんな雨を予告する雷は吉兆を運んでくる自然現象と考えられていたわけだ。

 水と肥やしを与えて近い将来の収穫を促す。この自然のリズムが人間にも適応されればどんなにいいことだろう。毎年この時期以降は成長が促進され、豊かな未来が手に入り易いことになるのだから。

 雷が成長の糧になると言われても、にわかには信じがたいが、ちょっとした心の支えにすることくらいは出来るかもしれない。
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[season13┃31 Mar. 2023┃13:00 JST
┃CHERRY BLOSSOM in YANAKA 3/9┃
yanaka district, taito city.Photographed on 09 Mar. 2021

 

≡≡ 足のだるさも消えて ≡≡

筋肉疲労が解消して思うのは
無理はしても無茶はするな

 二日前、久しぶりの神戸ということで動きすぎたのか、昨日は足がだるくてだるくて……。いわゆる運動後の筋肉疲労、ですね。

 普通に歩いているつもりでも、どこか身体の動きに違和感がある。簡単に言えば「若いときはこんなことなかったのになあ」の世界です。

 そして今日、やっと足の痛みから解放されました。右足首の痛みも左膝の痛みも治まったようです。ほんの少しだけ気だるさが残っていますが、一日を過ごす上での支障はありません。

 諸先輩方からは「若造が何を言っている」と檄を飛ばされそうですが、現実は「歳を取るといろいろとガタが来るもんだ」です。
 筋肉痛程度だから笑っていられますが、これが病気や障害だったらと思うと身が引き締まる思いです。

 人間誰しも健康が一番。財布の中身は諦めるとしても、健康寿命の延長だけは諦めきれません。
 どうも今の私の生き方に欠けているのは「ときには無理をすることがあってもいいけれど、はしゃぎすぎず無茶をせず健康であれ」という心構えかもしれません。
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[season13┃30 Mar. 2023┃11:40 JST
┃CHERRY BLOSSOM in YANAKA 2/9┃
yanaka district, taito city.Photographed on 02 Apr. 2022

≡≡ 現実に戻ります ≡≡

駆け足で“浸って”きた
墓参り兼観光旅行を終えて

 行きたくても行けなかった墓参りとぶらぶら散歩を兼ねた日帰り遠出から帰ってきました。

 時間を掛けて墓掃除をしたあと、静かに眠る父と母に般若心経を唱えつつ、満開の桜を愛でながら時間を共有した墓参り。あっちでフラフラ、こっちでキョロキョロ。記憶との差に時の流れと街の新陳代謝を感じながら新鮮な発見も楽しんだぶらぶら散歩。当初期待していたふたつの目標をクリアした遠出だったと満足しています。フラフラ、キョロキョロしすぎて大急ぎで飛行機に乗る羽目になったのは予想外でしたが。
 ちなみに我が家の猫たちは“お弁当”を食べながら空腹をしのいでくれたようです。

 たった一日とはいえ、非日常の時間のなかに自分を置いたことで、知らず知らずのうちに溜まってしまっていた“雑念”も振り払うことが出来たのではと感じています。これでまた直面するモノゴトに真正面から向き合えそうです。
 いや、いろいろな意味でリフレッシュ出来たのが一番の収穫だったのかもしれません。
 分かってはいても見て見ないフリをしていた「日常に振り回されてばかりいると疲弊する」という当たり前のことも思い出せたようです。

 さあ、気持のデトックスも終わったことだし、また現実世界に戻ります。
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[season13┃29 Mar. 2023┃11:30 JST
┃CHERRY BLOSSOMS in YANAKA 2/9┃
yanaka district, taito city.Photographed on 02 Apr. 2022

≡≡ 日帰りの遠出 ≡≡

墓参りにかこつけた
貴重な自由時間を
どう使おうか

 今日は、ちょっと遠出してきます。このブログをアップしたらすぐに出掛け、帰宅するのは夜遅くになるはずです。
 こんなことを言うと、突然どうしたと言われそうですが、実は春彼岸も母の祥月命日も逃してしまい、どうしたものかと思案していた墓参りに行くだけなんです。墓のあるのが神戸ということだけなんです。

 と、殊勝なことを言いつつ、実は「昼は人気上昇の気配濃厚な神戸洋食」、「午後は神戸らしい濃いめのサイホンコーヒー」、「夜はお好み焼き。腹に余裕があれば、明石焼と呼ばれるようになってしまったおツユのたこやき」。お土産は自分で食べるための「いかなごくぎ煮」と「関西風に仕上げた穴子」とワガママ勝手なプランが頭の中を飛び交っています。
 マッ、久々の帰郷と観光旅行の中間ということですね。

 ちなみにその間、猫の食餌は“お弁当”、つまり置きエサですが、帰ってきてからたっぷりとスペシャルメニューを“召し上がって”いただくことで許してもらうつもりです。

 鏡に向かいながらBon Voyage。では、行ってきます。
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[season13┃28 Mar. 2023┃07: JST
┃CHERRY BLOSSOMS in YANAKA 2/9┃
yanaka district, taito city.Photographed on 02 Apr. 2022

≡≡ ムーアの法則 ≡≡

半導体の集積度は毎年2倍になる
『Introduction to VLSI System』
カーバー・ミード著(1965年)

 今や、コンピュータにしろスマートフォンにしろ、あらゆる電子機器に使われているマイクロプロセッサは、これがなければ生活そのものが成り立たないといっても差し支えないほど重要な電子機器になっている。
 そのマイクロプロセッサが誕生してから約30年後、Windows95がデビューしたのをきっかけにしてパーソナル・コンピュータ(以後:PC)の時代がやってきたのはご存知のとおりである。

 数日前「ロバート・ノイス氏とともに1968年にインテルintel)を創業してマイクロプロセッサを開発したたゴードン・ムーア氏が亡くなった」というニュースが世界を駆け巡った。

 現在のコンピュータの基礎理論作りには数人の数学者や物理学者が貢献したと言われている。そんな理論を商業的に成功させる基礎と道筋を築いたのがゴードン・ムーア氏である。
 今、我々が気軽にPCやスマートフォンを操れるようになったのも、氏が共同創業者のロバート・ノイス氏とともにインテルintel)を創業してマイクロプロセッサを誕生させたからと言っても過言ではない。

 氏は集積回路作りの根幹を成す半導体の開発に尽力し、その研究のなかから「半導体の集積度は毎年2倍になる」という言葉を残している。
 ユーザー目線に立って極端に簡単に言えば「半導体の性能が上がれば電子機器の能力が高まってサクサク使えるようになる。その性能は毎年倍々ゲームで高まっていく」というものである。
 たしかに氏の推測通り、今も毎年のようにPCの性能は高まっている。しかも、集積回路のなかで活躍するWindowsのようなOSの性能も上がり続けている。
 そのおかげでユーザーからは「買ってから1年も経っていないのにもうスピードの遅い旧型になってしまった」という“悲喜劇”まで聞こえてくるようになっているのは御存知の通りである。

 私が、ワープロ専用機に別れを告げて、初めてPCに触れてから30年弱。これまで何度も「コイツ、早いなあ。欲しいなあ」と感じてきた。そして、そのたびに「ムーアの法則通りだから仕方ない。これほど向上スピードが早いと財布の中身が追いつかない」と諦めてきた。

 コンピュータを始めとした電子機器の可能性を無限大にまで拡張したゴードン・ムーア氏。その業績がなければ現在の生活は成り立っていない。

 ここで改めて、哀悼の意を表したい。安らかにお休みください。ありがとうございました。これからも私はPCの性能向上に振り回されながら生きていきます。
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[season13┃27 Mar. 2023┃13:05 JST
┃CHERRY BLOSSOMS in YANAKA 2/9┃
yanaka district, taito city.Photographed on 02 Apr. 2022

≡≡ 暦の上では『桜始開』 ≡≡

季節の移りのなかに
潤いの時間を見つける

 一年を24等分してほぼ15日毎に替わる二十四節気、72等分して5日間毎に替わる七十二候、折々の行事の目安になるように作られた雑節。そして日数のズレを解消させるための1年を13カ月にする「閏月」。古来、農耕民族の日本人は年月日以外の暦を作って季節の移ろいを感じながら共存してきた。
 そんな暦に当てはめると、今日からは二十四節気の『春分の節季』、七十二候の『桜始開(さくらはじめてひらく)』になる。

 今年は桜の開花が早く、すっかり暦と合わなくなってしまったが、とにかく今日からの5日間は『桜始開』である。
 とはいっても、数日間雨が降り続いているうえに、寒の戻りで急に寒さが戻ってきた今日、さすがに「さくらはじめてひらく」とは言い難い。自然のイタズラで桜の寿命が短くなるのではと心配になってくるほどだ。

 こんなズレも先人たちのおおらかさの表れである。自然と共存する生き方をするかぎり、人が考えた時の流れと自然の移ろいに差が出て当然。無理矢理調整する必要はないということだろう。

 厳密な時間管理と鷹揚に共存すべき自然の移ろい。ふたつの時間管理を巧みに使い分ければ、ややもすると世知辛くなりがちな我々の暮らしにも見過ごしていた“潤いの時間”が戻ってくるのかもしれない。
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[season13┃26 Mar. 2023┃11:30 JST
┃CHERRY BLOSSOMS in YANAKA 2/9┃
yanaka district, taito city.Photographed on 02 Apr. 2022

 

≡≡ 気がつくと……やってた ≡≡

センバツ、大相撲、フィギュアスケート
それはそれでいいけれど……。

 WBCが終わった途端に野球以外のスポーツの結果が続々とテレビで伝えられるようになりました。
 正直なところ「やってたんだ、野球以外の大きなスポーツ大会も」です。

 国内で行われていたものだけでも、センバツは7日目だし、大相撲は中日間近。フィギュアスケート世界選手権も山場を迎えています。
 岸田総理のウクライナ電撃訪問は「国民の目がWBCに向いている間に」的な目眩ましのように感じていましたが、スポーツに関しては「見逃したな、残念」。目配りが足りなかったようです。

 熱戦を繰り広げていた(はずの)選手や力士の皆さん、失礼しました。これもWBCの力とご理解いただければ幸いです。

……………

 今回のようにWBCの報道が異常なほど加熱して、ほかのスポーツの影が薄くなってしまった展開を“メディアによる情報操作”ではないかとまでは言わない。なにしろ私自身もWBCで満足していたのだから。
 だが、スポーツ以外だったらどうだっただろう。メディアによって情報露出がコントロールされてしまったらどうだっただろう。不満程度では済まされないことだってありうる。

 今後一切、戦時中のような報道管制が敷かれることはないと考えたいが、人間は注目度が高かったり発信量が多かったりする情報には振り回されがちな生き物だ。
 SNS全盛とは言え、メジャーメディアの情報には世論を一気に左右してしまう力が備わっている。ほんのちょっとの偏りが大きなうねりになってしまう可能性も否定できない。そしてその可能性が意図しなかった結果を生んでしまう危険性もあるのだ。

 現代は伝える側の姿勢だけでなく、伝えられる側の注意力や情報収集能力も問われる時代である。流言飛語や捏造も従来の常識では測れないほど当たり前のように飛び交っている。

 伝える側にも伝えられる側にも“情報操作”の恐ろしさを再確認する必要が求められていると言われて久しいが、本当に我々の立ち位置は変わったのだろうか。どうも“昔ながら”のような気もするのだが。
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[season13┃25 Mar. 2023┃13:25 JST
┃CHERRY BLOSSOMS in YANAKA 1/9┃
yanaka district, taito city.Photographed on 02 Apr. 2022

≡≡ 42.3% ≡≡

抗体保有率上昇中

 昨日、厚生労働省は「新型コロナ感染による抗体保有率が42.3%になった」と発表した。また「欧米では抗体保有率が8割を超える国もあり、そうした地域に比べてまだ低い水準と言える。抗体保有率の低さが今後の感染状況に影響してくる可能性もあるため分析を続ける必要がある」とも発表した。

 思い出してみると、新型コロナウイルスが爆発的に広がり始めた頃から「自然抗体が出来れば感染率は下がる」と言われていた。だが、3年前は理論上の予測として捉えられていたように記憶している。
 たしか当時は、感染症の専門家のなかでさえ「そうなる前に抑え込もう」と訴える人と「時間が解決する課題」だと冷静に捉える人が混在していたように記憶している。
 そんな専門家の意見をニュースを聞きながらも感染者数は増え続けていった。「なんとかしないといけないが、どうすればいいんだ」と人々が混乱していた頃の話である。特に、身近な人まで感染してしまったときに感じた絶望的な閉塞感は今も忘れられない。

 2023年3月23日現在、33,398,536人の人が新型コロナウイルスに感染し、そのうち73,632人が亡くなっている。ちなみに3月23日、東京都では908人が新規感染者し、1人が死亡している。専門家に言わせれば、これも通過点ということなんだろう。

 新規感染者数の激減、ノーマスク解禁、インバウンド解禁、5類移行などなど、医学的な統計をもとにした政治的な展開は著しい。しかし、コロナ禍が完全に収束したわけではない。

 新規感染者数の激減、ノーマスク解禁、インバウンド解禁、5類移行などなど、医学的な統計をもとにした政治的な展開は著しい。しかし、コロナ禍が完全に収束したわけではない。

 日本でもコロナ禍は「新規感染者をゼロに近づけるために、新規感染者数の自然増を受け入れて自然抗体を増やす」というフェーズに入ったようだ。

 このフェーズのなかで市井で暮らす我々はどうすればいいのだろう。「拒絶から妥協へ」。それしか道はないのだろうか。

 統計上の予測では“まだ低い”のかもしれないが、もう充分だ。目に見えない危機感に晒されながら生きて行くのはそろそろ終わりにしたい。

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[season13┃24 Mar. 2023┃11:45 JST
┃CHERRY BLOSSOMS in YANAKA 1/9┃
yanaka district, taito city.Photographed on 02 Apr. 2022

≡≡ 土の匂いが立ち上ってくる朝 ≡≡

雨降りの予兆は
小休止するための前奏曲

 アスファルトに覆われた路面からかすかに土の匂いが立ち上ってくる。東京の下町にも雨が降り始めたようだ。

 天気予報によると今日から数日間は“花の雨”が続くという。花びらを濡らした桜もオツなものだ。花びらの向こうに見える雨雲さえ気にならなければの話だが。
 桜を愛でようとすると、どうしても視線は上を向く。淡いピンク色の桜の花びらの向こうに見えるのはどんよりとしたグレーの雨空である。
 鈍い光、淡いピンク、薄墨色のグレー。これだけ揃えば、せっかくの花見も盛り上がらないのは確実だ。

 WBCも終わった。花見も週末まで順延だ。

 今日はおとなしくして、少しだけ滞っているヤボ用を終わらせてしまおう。こんな日があってもいい。
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[season13┃23 Mar. 2023┃12:35 JST
┃CHERRY BLOSSOMS in YANAKA 1/9┃
yanaka district, taito city.Photographed on 02 Apr. 2022

≡≡ 競い合う桜。撮りためた桜。 ≡≡

群生桜、一本桜。
上野山周辺には桜がよく似合う

「上野公園は今日も桜を楽しむ人々で大混雑しています」--桜の季節になると必ず聞こえてくるフレーズですが、上野公園のあるエリアは上野山(通称:鉢伏山忍ヶ丘)の南側半分。北半分は谷中や谷根千と呼び親しまれているエリアです。
 そんなエリアを愛する人たちは「群生する桜を愛でるのなら上野公園、お気に入りの一本桜と静かに時間を共有するのなら谷中」と密かに思っています。私もそんななかのひとりです。

・・・・・

 ここ数年、私は点在する一本桜を中心にして谷中や上野公園の桜を撮り続け、それなりにカット数も溜まりました。このままでは数多くの写真が公表する機会もないままになってしまうのではないかと思えるほど溜まりました。
 ということで。今年の春は、3月21日の『春分』から5月5日の『穀雨』が終わる日まで、七十二候の変わり目に従って、谷中や上野公園に咲く桜を連続でご覧いただくことにしました。
 眼福などと偉そうなことは言いません。チラリとでも結構です。満開から散り際まで印象を変え続ける桜を観てやってください。桜で綴る谷中散歩と思っていただければ幸いです。
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[season13┃22 Mar. 2023┃12:20 JST
┃CHERRY BLOSSOMS in YANAKA 1/9┃
yanaka district, taito city.Photographed on 02 Apr. 2022

≡≡ 『春分』の節季 ≡≡

暑さ寒さも彼岸まで

「日天の中を行て昼夜とうぶんの時なり」(暦便覧)

 昼と夜の時間がほぼ等しくなる『春分』の節季がやってきた。季節の変わり目でもあり、ご先祖さまを敬い祀る時期でもある。

 昼夜の時間が等分というのは秋分も同じだが、感覚的には昼間が伸びていく春分は“勢い”が伸びていくような気分になる。
 桜は満開だし、気候はいいし。春爛漫のこの季節は何をやってもウキウキとしてしまう季節である。

 しかも、古来から伝わる雑節をひもとくと、今日は「一粒万倍日(わずかなものが飛躍的に増える日)」と「天赦日(天が万物の罪を許す日)」が重なるうえに「寅の日(出て行ったものが必ず戻ってくる金運上昇の日)」まで重なった最強開運日だと言われている。

「たかがゲン担ぎ、されどゲン担ぎ」。最強開運日というのならそれでいい。そのまま受け取っておこう。

 春から夏へ。“勢い”をつけて過ごし続けたいものである。
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[season13┃21 Mar. 2023┃12:50 JST
春分』の節季:春爛漫。昼と夜が等分に。お彼岸。ぼた餅。
┃CHERRY BLOSSOMS in YANAKA) 1/9┃
yanaka district, taito city.
Photographed on 02 Apr. 2022

 

 

≡≡ ハッパを掛けられたような ≡≡

上質な作品と対峙しながら
自らの生き方まで見つめ直す

 それまでの生き方に終止符を打って、知らなかった世界で生きようと決心した昨年末。それから3カ月経って、知らなかった世界にも慣れ、このままユルユルと生きていくことになるのだろうと覚悟していました。
 そんな心境の変化を懐きながら毎日を過ごすなか、昨日の日曜日、とある個展に出掛けました。

 銀座の裏通りにひっそりと建つ“知る人ぞ知る歴史的建造物”で行われていたその作品展は、写真だけの作品もあれば、写真に自作の俳句を配した作品もある。小ぶりな大きさにまとめられた写真ばかりを数十点集めたものでした。

 共鳴出来る作品、唸らせる作品、納得する作品……。どれもこれも作家の心情や発見がこもったものばかり。なかでも、ご自身が詠まれた俳句を写真のなかに定着させた作品群には、作家の奥行きの広さが表現されているように感じました。

 そんな作品を観ながら「今の暮らし方をもう一度見直してみようか」と思い始めたのです。作品への感想以上にです。

 自らが目指す生き方を心の引き出しの中に仕舞い込んで現実と対峙することも大切だけど、何かを表現しようとする気持を忘れてはいけない。たとえ稚拙であってもいいから見ず知らずの人々に自らをさらけ出す作業は人生の生きがいであり、ゆとりであり、終着点ではないか。そう思い始めたんです。

 昨日出会った作品群は、確実に私の心の中に小さな地殻変動を起こさせたようです。これを大きなものに熟成していくためには時間も掛かるし、強い意志も必要だと自覚しています。
 それでも、今、私はそんな心情の揺れを無下にしてはいけない。少しずつ育てていこうと思い始めています。

 私の心に小さな地殻変動を起こしてくれた素晴らしい作品との出会い。何年か経って「あの日が変換点だった」と思えるようになるよう、もう一度自分を見つめ直してみます。

 ありがとうございました。
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[season13┃20 Mar. 2023┃11:00 JST
┃HANA-CHOUZU(Floating flower)┃
Ueno toshogu, Botan-en Photographed on 28 Jan. 2022

≡≡ また忘れた ≡≡

なんとかならんか、この忘れグセ

 冷たい雨が降る中を出掛けた昨日。出先に到着した私は傘立てに傘を置いて中に入りました。そして雨が止んだ夜。傘を置いたままで帰宅しました。
 忘れたことに気がついたのはついさっき。今日はいい天気だなと窓の外を見ていたときでした。

「アッ、また忘れた」

 いい加減な扱いをして、傘を使い捨てにしたくないと思いビニール傘には見向きもしなくなって十数年。たしかに傘の使い捨てはしなくなりましたが、どこかに置き忘れてくるクセはいつまで経っても治りません。

 自分への戒めとして「忘れたときには、どんなに晴れていても、取りに戻る。当日が無理ならできるだけ早く取りに行く」と自分に言い聞かせていますが、そんな戒めなんてなんのその。1年に数回は置き忘れて、取りに戻っています。諦めて新しい傘を買い替えることもしばしばです。

 なんとかなりませんかねえ、この忘れグセ。

 モノを大切にせよなどと大袈裟なことを言うつもりはありません。使い捨てにせず寿命まで使いたいだけなんです。
 でも、結果的に使い捨てになっているようです、特に傘は。

 ……ハァー、明日、取りに行きます。クスン。
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[season13┃19 Mar. 2023┃12:20 JST
┃HANA-CHOUZU(Floating flower)┃
Ueno toshogu, Botan-en Photographed on 28 Jan. 2022

≡≡ 4年目の入場行進 ≡≡

選手全員が行進する
センバツ高校野球開会式

 今、私はテレビでセンバツ高校野球の開会式を見ている。
 今年の大会は4年ぶりに、選手だけでなく、ブラスバンドやプラカードを持つ高校生、国歌や大会歌を歌う高校生、運営に携わっている高校生など全員が揃った。聞くところによると観客席で声を出して応援することも可能だという。

 甲子園からほど近い神戸で生まれ育った私は、センバツ高校野球の入場式を見ると「ああ春本番が来た」と感じる性分である。今も、子供の頃身についた習慣というものはいつまで経っても忘れないものだと改めて感じている。
 特に今年は、コロナ禍のために中止や規模縮小が続いた前年までの風景と一変して、やっと本来の姿が戻ってきたと感じている。いや、どんな大会になるのかよりも、むしろコロナ禍が明けて、やっと春の風物詩が戻ってきたという感のほうが強い。

 コロナ禍は人々の暮らしを一変させた。だがしかし、選手全員が揃って望むセンバツの開会式を見ていると、大声を出すことも活発に動くことも、何もかもが制限されたいた混乱と苦難の4年間は終わったように見える。

 選手諸君、これまでの3年間コロナ禍の影響で出場できなかったり、制約の中で大会に臨んだ先輩たちの分まで精いっぱい戦ってください。
 練習や地方大会で培ってきた力を出し切って、歴史に残るようなコロナ禍明けの大会にしてください。
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[season13┃18 Mar. 2023┃11:40 JST
┃HANA-CHOUZU(Floating flower)┃
Ueno toshogu, Botan-en Photographed on 28 Jan. 2022