∞∞この続きはコーヒーと一緒に∞∞

その日その時、感じたことを感じたままに。まるで誰かと語り合うコーヒーブレイクのように。

≡≡ 東を向いていたら西でも ≡≡

あー、全損だあ

 千葉県では台風15号による停電が続くなか、電力の完全復旧にはあと2週間は掛かるだろうという東京電力の発表もありました。災害を引き起こした遠因もチラホラと報道されるようになり、行政の立場や企業姿勢なども解決べき問題になりそうな気配が濃厚になってきたようです。

 そんななか。横浜に住む友人から写真2枚だけが添付されたメールが届きました。

 台風で飛ばされたのでしょう。2~3畳規模の物置がボンネットからフロントガラスに掛けて“鎮座”している写真でした。
 折り返し「よもやこの車・・・」というメールを送ると彼からは「その、よもやだ」というメールが送られてきたのです。

 素人の僕が見ても“全損”とはっきりと判るもの。きっと、物置を取り除けば無残なまでに「ウェッジシェイプの効いた車」が姿を現すはずです。

 普段から控えめな言葉しか発しない友人が、いつも以上に言葉少なにポロッポロッとしか語らないところをみると、よほどショックだったのでしょう。こちらも聞きたいことも聞けずに静観せざるを得なくなってしまいました。

 東京の下町で「被害が最小限でよかった」とのんきに過ごし、切実な思いもなく千葉が大変だと「我が家の東方」ばかりを見ていたら、「西方」の横浜では友人にショッキングな出来事が。
 こんなことってあるんですねえ。まさに「災難は思わぬところからやってくる」の諺どおりです。彼が「災い転じて福となす」と思えるようになることを願っています。

 それにしても中学時代からの友人が「還暦カラー」の車に乗っていたなんて知りませんでした。けっこうやりますな、アイツも。

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≡≡ 警鐘を鳴らす停電被害 ≡≡

他人事では済まない大災害

 千葉県で起こっている大停電も今日で5日目っを迎えています。当初は「二日もあれば復旧するよ」というような声もあったようですが、被害状況を目の当たりにすればするほど被害の甚大さが浮かび上がってきているようです。

 これまでの大災害の場合、被災直後は被災者の救助や救援が優先されていたため、ここまで電力供給の問題が話題になったことはなかったのではないでしょうか。まずは救助、次に瓦礫の撤去、その後でライフラインの復旧というのが常道でした。しかし今回の災害は、これまでにない新たな試練を我々に叩きつけているような気がしています。

 細かなことを挙げていくとキリがありませんが、少なくとも、送電塔より街なかの電柱のほうが復旧に時間が掛かるということは初めて知りました。
 電柱を復旧するためには周囲の瓦礫や樹木を片付けることから始めなければいけない。そのためには通常の配電用以外の特殊な機材が必要。その機材を動かすためには専門の人間がいる。こんな図式になっているなんて、防災のエキスパート以外熟知していなかったのではないかと感じています。

 今回は千葉県全域が被災しましたが、もしこれが東京23区だったらどうなったでしょう。人口の密集度、街そのものの複雑さ、人間関係の希薄さ、日本語が不自由な人の多さなど、対応すべき点を挙げていくと膨大なものになるはずです。

 シミュレーションや知識の吸収などで大災害が起こってもある程度は対応出来ると過信せず、警鐘を鳴らし続けることしか、想像を絶するような被害になりかねない自然災害に立ち向かうスベはないのかもしれません。今回の千葉県の被害を「対岸の火事」と思っていると、命の危険を伴うような試練に晒されることになりかねません。
 今回の大停電は、災害対策はかなり進んできたと錯覚していた我々に新たな経験値を与えてくれたのではないでしょうか。

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≡≡ 停電、恐るべし ≡≡

従来のインフラ構築の見直しを

 ご存知のとおり、先日の台風15号の影響で千葉県の殆どの地域が停電し、復旧に予想以上の時間が掛かっています。

 今回の停電を自分なりに解釈すると「発電所から送られてきた電力を各地域に送電する送電網は大災害が起こっても可能な限り短時間で復旧出来るようなシステムが構築されているけれど、家庭や工場などに送電するための末端設備には送電網ほどのリスク管理がなされていなかったから停電が収束しない状況に陥っている」と感じています。
 ざっくりとまとめれば、地球温暖化による自然災害の強大化に対応したインフラ整備まで手が回っていなかったということになるのかもしれません。
 特に、電力という基幹中の基幹が機能不全に陥るのは当然です。今回の災害を機に企業の姿勢だけでなく政策そのものまで見直してもらう必要があるのではないでしょうか。

 巨大地震、巨大津波、巨大台風……、自然災害が社会に与えるダメージレベルが高くなっているにも関わらず、インフラに課された安全基準は旧来のままでは、危急の際に対応できなくなっているのではないでしょうか。
 阪神淡路大震災以来20数年。危機管理のレギュレーションが大きく見直されたのは、高速道路や橋梁と、上下水道、ガス、そして原子力発電に関してだけではないかと想像しています。しかし、電力に関しては改修しているのかどうか。これで“鉄壁な状態で日本を守る”ことが出来るのでしょうか。
 より強靭なインフラを構築して災害に強い国を作るためにも重い腰を上げてすべての基準を見直す時が来ているのではないでしょうか。

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≡≡ なり続く雷 ≡≡

怖いけれど魅力的なパフォーマンス

 遠雷を聞き、大急ぎで帰宅。辛うじて雨には会わずにすみましたが、雷自体は徐々に近づいて来ていました。今は、雷の御一行様が大合唱しているような状態です。

 危機が迫ってきているのを象徴するようなゴロゴロという音、危機の最中にいるような気分にさせられるバリバリッという音。被害を想像してしまうドカンッという音。どの音を聞いても不安と緊張が増してしまいます。
 それなのに、同じ雷でも稲妻となるとちょっと趣が変わってきます。ビカッ、シュシュシュッ。雨まじりの暗い空を舞台にして、金属的で鋭い光が踊り狂うのを見ていると、一度限りで二度と同じものと出会うことのない貴重なパフォーマンスを見せてもらったような気持ちにさせてくれるのです。

 雷。それは音で不安と緊張を味わい、光で一期一会の体験を堪能するもの。

 ちょっとカッコよく言えば、こんな感じになるでしょうか。マッ、取りあえずは「おヘソを隠して雷様に取られないようにする」のが第一ですが。

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≡≡ やっちゃいました“早とちり” ≡≡

では、あの人たちは?
そして、これからの課題は?

 昨日、日暮里駅のコンコースに座り込んでいる人たちのことを“インバウンド客”と断定するようなコメントを書き連ねました。
 自分が乗った山手線が殺人的な混雑ぶりだったので「そうに違いない」と直感的に思い込んでしまったのですが、これが大間違い。早とちりもいいかげんにしろと自分に言い聞かせることになってしまいました。

 成田発のJR、京成両方が運休したため成田空港に1万人以上の人たちが閉じ込められ、今日になってようやく空港を脱出出来たことを今日になって知り驚きました。平たく言うと「アー、やっちゃったよ。思い込みと早とちりじゃないか。情けない!」。つまり、あの人たちは成田に向かおうとしたけれど電車がないから行けなくなったアウトバウンドだったわけです。

 思い込みや早とちりって、怖いですねえ。

 それにしても、狭い機内で何時間も過ごした後、やっと地上に足がつけられ、さあこれからだと思っていたのに、そこから動けなかった、というのも辛かったでしょうね。
 機内で説明はあったのでしょうか。空港の対応は適切だったのでしょうか。飛行便の到着地変更はあり得ない話だったんでしょうか。バスの増便などはなかったのでしょうか。乗り合いタクシーのような対応はあったのでしょうか。ひょっとして、出発地で予約してくる「白タク」だけが元気に動き回っていたのではなかったでしょうか。

 災害時にまず考えることは「そこから逃げる」ことです。それなのに「ここで一晩過ごしてください」と言われるなんて旅行客にとってもっとも避けたいことです。
 ちなみに、僕は天候不良と機体トラブルで2回、空港のカフェテリアで10時間近く過ごし、泣くたくなるような気持ちになったことがありました。あの時は「どうやって脱出するかばかりだったなあ」ということを、今回の成田閉じ込め状態で思い出してしまいました。

 ……、都市部から離れた成田のような空港で起こっている災害にオンタイムで対応出来るアクセスについても研究すべき時になったのではないでしょうか。

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≡≡ 日暮里駅は大混乱 ≡≡

インバウンド客受難の日

 台風一過の今日。意外と都心部は被害が少なかったんだなと思いながら外出したところ、ご近所のお寺の古木が幹の先頭近くでへし折れていたり、どこかから飛んできた金属製の屋根がゴミの収集場所に置いてあったりとチラホラ被害を見かけましたが、あれだけの風が吹いてこの程度ならまずまずだなと感じていました。

 ところが12時頃にJR日暮里駅から電車に乗ろうとすると大変な混雑状態。朝のラッシュ時以外でこんなに日暮里駅が混雑しているのを見たのははじめてと言ってもいいくらいだったのです。

 特に、京成電鉄で成田から到着した旅行客はコンコースのいたる所で大きなスーツケースを横において座り込み、休憩しながら情報収集しているようだったのです。

 JRと京成電鉄が同じ駅ビルを使っている日暮里駅は、JR・京成ともに4カ国語のメッセージが流れる駅だし、足りないところは中国語やタガログ語がネイティブの通訳や英語の出来る駅員や警備員が総出で対応してくれる駅です。
 そんな駅なのに、スタッフの対応では足りなかったのか、スーツケースを持って超満員の電車に乗り込むなんてとても無理と感じた旅行客が多かったのでしょう。コンコースに戻って途方に暮れてしまったのだと思います。

 インバウンドを増やそうと種々の施策を打ち出すのはいいけれど、インフォメーションという「ホスピタリティの基本」が行き届かなければすべてが台無しになるもの。言葉だけでなく、その国の常識を理解していないと混乱するのは当たり前です。
 日暮里駅はともかくとして、成田での案内はどうなっていたのでしょう。電車の中でのアナウンスはどうだったんでしょう。外国語で交通状況をガイドするアプリをインストールするためのQRコードは空港や電車の車内各所に掲示されているのでしょうか。

 日常利用している者でも戸惑ってしまいそうな混雑だった今日。異国で迎えた最初の経験が“大混雑で電車に乗れない”というのは、きっと旅行客の記憶に残るはずです。

 首都圏の交通機関すべてで統一した基準を作り、少しでも安心して移動できるようにする作業が必要になっているのではないでしょうか。日常の利用客にとってもインバウンド客にとっても便利なインフォメーションシステムが生まれれば、今日のような混乱も少しは緩和されると思うのですが。

[3233]

≡≡ さあ来い、台風! ≡≡

ジワジワと迫りくる脅威

 現在9月8日23時30分過ぎ。小笠原諸島や伊豆諸島を通り過ぎようとしている台風15号が東京に向かって迫ってきています。ちょうど30分くらい前から東京の下町でも断続的に雨も降り始めました。ここまでの状況をニュースで見ている限り、まもなく東京下町でも猛烈な風雨に晒されることになりそうです。
 今のところ、東京23区のほとんどの区で大雨・暴風警報が発表されていますが、そのうちの半数くらいは浸水被害の恐れもあるようです。
 ちなみに、首都圏の電車は現在ほとんどが運休。明日も朝8時以降にならないと動かないようです。首都高速も通行禁止になり始めています。

 久しぶりに東京を直撃する超大型台風。経験がないであろう若い人、外国人などもしっかりと警戒態勢に入っていればいるでしょうか。思いも寄らなかった被害に会わなければいいのですが。

 ところで、居付き猫軍団は……。「かあちゃん」しかいません。ほかの子猫たちはいつもどおり食餌のあとのパトロールに出ていったままです。風雨が強まってから我が家に逃げ込めるのかどうか、ちょっと心配ですが、僕にはどうにも出来ません。避難してくればラッキーというところでしょう。

 さあ来い、台風! 今夜は落ち着かない夜になりそうです。

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≡≡ 台風15号関東直撃だって? ≡≡

古いタイプの関西人ですから

 「明日、日曜日の午後から関東を直撃する可能性が高い台風15号の影響が出てきます。特に夜半になると風雨が強まりそうです」。天気予報によると、台風が東京を直撃しそうな気配が濃厚になってきました。

 台風が来るたびに僕は「どうして東京の人は台風に鈍感なんだろう。台風イコール強い風雨程度にしか考えていないのでは」と感じています。
 たしかに、どんな猛烈な台風でも沖縄や西日本全域と比べて影響そのものも少ないし、以前と比べて下水対策も進んだので浸水騒ぎも最小限に抑えられています。ある程度勢力が弱まった台風と整備の進んだインフラなら、厄介なのは大雨くらいという気持ちにもなるでしょう。
 ですが、相手は台風。自然の猛威はどんな形で襲いかかってくるか判らないものです。それだけに、結果がどうなろうと準備だけはしておくべきだと思うのですが。

 僕が子供だった頃、生まれ故郷の神戸は何度も大きな台風にいじめられてきました。

 そんな土地で育ったせいか、僕は台風接近という言葉を聞くだけで食料の確保、屋外の片付け、予定の変更など諸々の準備をしないと落ち着きません。いわば、古いタイプの関西人特有の「身体に染み込んだ反応」といってもいいかもしれません。

 必要以上の食料を確保したあと、植木や居付き猫の寝床を風当たりの少ない場所に移動させたり、自転車の置き場を変えたり、外出できなくなった時用の本を準備したり。居付き猫たちが室内に避難してきた時の寝場所を確保したり……。

 週末はクールダウンと自分時間の確保に当てようとしていたのが、台風接近ですっかり様相が変わってきました。おかげで今は「準備は出来た。いつでも来い。マッ、外れてもいいけどね」という気分になっています。

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≡≡ 果報は寝て待て ≡≡

ことわざどおりが最善、かな

 金曜日の夕方。振り回されっぱなしで過ぎていった今週も、終わりを告げようとしています。この状態だと週末は自分なりのペースで過ごせそうな気配濃厚です。とはいっても、来週もアタフタするのが確定しているので、落ち着きませんが。
 すべての出来事は良き結果が生まれるための基礎固めと思えば、週末の二日間にもいいことが起こるはずと自分に言い聞かせておきます。

 ─「果報は寝て待て」:上々の結果を望むのなら自分からとやかく口を出さずに、腹を括って答えが出るのを待て。─
 このことわざを自分勝手に解釈すれば、週末も心地よいものになるはずと心得ておきます。

 ということで。週末が素晴らしいものになりますように。

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≡≡ “無用の用”でありますように ≡≡

本日も振り回されています

 今週は“読めない一週間”になりそうだと感じてから数日。今日も周囲に振り回されながらアワアワと過ごしています。週後半になれば自分なりのペースが取り戻せるはずという予想が外れてしまいそうです。
 今日現在、この「思わぬ誤算」がどんな形で実るのかまったく予想がつかなくなっています。上々の結果に終われば何の文句も言いませんが、万一、空回りで終わってしまうとここまでの動きが水泡に期すのは確実。精いっぱい動いたという“過程”に満足するしか自分を納得させるスベはなくなるかもしれません。

 老子が著したと言われている『老子道徳経』の中に「無用の用」という言葉が出てきます。その数十字の原文は「故有之以為利、無之以為用。」という言葉で締めくくられています。この行を日本語訳したこの言葉、現代日本語では「役に立たなさそうに見えるものが、実は大事」と解釈されています。

 「行動にも結果にも、モノゴトに無駄なものはない」と老子は言っています。逆説から真理を説く老子らしいアプローチというのが専門家の意見のようですが、今の僕にはにわかに信じることの出来ません。
 「ホントかなあ、振り回されるだけで終わるんじゃないの?」「役に立たないことに首を突っ込んで、アタフタしたのはいいけれど結局は空回りに終わるんじゃないの」といった否定的な思いが頭の中を駆け巡っているのです。

 老子が言う“無用の用”は納得できる教えだったと確信できる日が来るのを信じて、あと少し踏ん張ってみます。ちょっとだけ不安ですが。

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