∞∞この続きはコーヒーと一緒に∞∞

その日その時、感じたことを感じたままに。まるで誰かと語り合うコーヒーブレイクのように。

≡≡ 618人 ≡≡

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ここからの数字が気になる

 1月25日月曜日。本日の新規感染者618人。

 昨年秋頃までの数字と比べると極端に高くなっているが、近頃の数字としては悪くない数字が出た。検査数が少ないという月曜日特有の傾向を踏まえても、緊急事態宣言の効果がある程度出てきたようにも思える。と、コロナ慣れしてしまった頭の片隅は叫んでいる。
 しかし、コロナをナメるな、そもそもの数字の高さや崩壊寸前の医療体制や保健所業務、強力な変異種の出現、そして政治力の脆弱さを勘案すれば大勢は変わっていないともう一方の頭の片隅は叫んでいる。

 たしかに618人という数字を聞いて「オッ減ってきたぞ」と感じてしまう感覚こそ自分がコロナ慣れしてしまった証拠なのかもしれない。だが、このままでは一日の新規感染者数が3,000人を突破して、今以上に身動きが取れなくなってしまうのではとハラハラしていたところに出た数字。ひと息つきたくなっても不思議ではない。

 声なき声でしかない下町のオッサンが何をエラそうにと言われても本当のことだから仕方ない。

 ホッとひと息ついたら、すぐに気持ちを切り替えて“緊張感を保ったコロナ禍体制”に戻ったほうがよさそうだ。減少傾向とはいっても、蔓延していることに変わりはないし、先行きが見えない不安が消えるわけではないのだから。

[0125 - 3672]

≡≡ 昼寝の日 ≡≡

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寝過ぎの感、大

 積雪5センチと言われていた雪が降らなかったのにも関わらず、私は今日は一日中、読書と昼寝で過ごしてしまった。おかげで、そろそろ深夜という時間になってもまったく眠たくない。
 起きたのは朝8時。朝食をとった後、午前中はヤボ用と読書。昨夜残してしまったポトフとトーストの昼食を摂ったところで、最初の昼寝に入った。約2時間。スッキリしたところで起き、フラリと散歩へ。30分ほどで帰宅して、“芋けんぴ”とコーヒーでブレイクした後、またベッドにゴロリ。起きた時にはすっかり日が暮れていた。
 目を覚ますと同時に、お腹を空かした居付き猫たちが見つめているのに気付き、彼らのお食餌を準備し、自分用の夕食の準備を済ませたところで再々度ベッドへ。今度は1時間ほど爆睡してしまった。
 通算すると約5時間ほど昼寝をしていたことになる。ひょっとすると居付き猫たちより寝ていたのかもしれない。

 よく寝た。こんなに昼寝をしてしまうなんて、風邪引きで寝込んでいる時以外はじめてかもしれない。ある意味、自粛、自粛のコロナ禍ならではの楽しみ。ということにしておこう。

 ちなみに、東京のコロナウィルス新規感染者が986人と久々に1,000人を切ったことを知ったのは夜になってからだった。

 体調は万全。コロナも減少。夜眠れるかどうかの自信はないけれど、明日からはきっと調子よく動き回れる、はずだ。

[0124 - 3671]

≡≡ この冬2度目の積雪予報 ≡≡

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日曜日は都心部で積雪5センチ

 東京23区にこの冬2度目の積雪予報が出ている。

 積雪5センチ。都心部に住んでいる人間にとっては大雪警報といってもいいくらいの積雪である。

 東京23区は地震と水害に関しては対策を重ねてきているが、雪に対しては皆無といってもいいほど。せいぜい民間ベースで行われる限られた範囲での融雪剤使用や滑り止め対策程度である。多摩地区や高速道路には除雪車もあるようだが、都心部で活躍したという話は聞いたことがない。

 そんな東京23区で5センチも雪が積もったらどうなるか。ちょっと気を抜くだけでズルッ、ドシッ、ポキッ、ドシンである。

 昨年末にも一度降雪予報が出たが、ありがたいことに、予報は外れ、ミゾレ程度で収まった。しかし、今回は……、当たりそうだ。

 これも大寒ならではの景色と楽しめればいいのだが。

[0123 - 3670]

≡≡ アメリカが動き出した ≡≡

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再生のスタートは振り戻しから

 就任後2日目のバイデン新大統領がこれまでの4年間で出された大統領令を次々と書き換えている。
 私のような市井の人間でさえ、アメリカの再生が始まったと感じているくらいだから、国際政治の専門家の感じ方は格別のものがあるだろう。敵対関係にある中国でさえ好感を抱いているようだから、ホンモノと捉えてよさそうだ。

 バイデン新大統領には課題を強行突破していくカリスマ性やエネルギッシュな行動力よりも、課題克服に長けた的確な人選や動き易い舞台作りに長けていると言われていたが、まさにそのとうりの展開になっているように感じている。まずは舞台作りからというところだろう。

 リーダーには先頭に立って進み続けるタイプと、後方から最前線を見守り指示を与えるタイプがいる。どちらがどうかとは言い難いが、少なくとも、彼が典型的な“まとめ役に徹した指示型”であることには間違いはないようだ。

 まずは国際的な懸案を元に戻して、次に分断されてしまった国内の沈静化とコロナ禍の収束を目指すということだろうか。そんな“後始末”に目鼻がついてきてから新機軸に取り掛かることになるのだろう。

 これからの数カ月、アメリカが復興していくさまを注視すれば混乱と低迷の極地にいた組織をどうやって再生していくかのヒントが見つかるかもしれない。まとめ役に徹した指示型リーダーのお手並み拝見である。

[0122 - 3699]

≡≡ U.S. President Joseph R. Biden Jr ≡≡

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悲しくみっともない4年間が終わった

 「やっとアメリカに正気が戻ってくる」。アメリカ大好き青少年として育った私は、今そんな不思議な感覚を味わっている。

 驚きに始まり、唖然・疑問・反論・批判が続いたこの4年間、私は「これは攻撃的で利己的で扇動的な反面教師による勉強会なのだ」と理解して、受け入れようとしてきた。しかし、最後には卑怯でアンフェアで暴力的な言動がいかに危険なことなのかを知らされた。
 「民主主義の脆さ」。「自由に欠かせないのは敬意と寛容」。「主張に必要なのは理性と論理」。特に、この3点については4年という歳月を掛けてじっくりと勉強させてもらったような気がしている。

 民主主義や自由の意味をはき違え、見失ってしまったアメリカに本来の姿が戻ってくるには長い時間が掛かるだろう。しかし、健全さを取り戻すためのショートカットは存在しない。時間が掛かってもいいのだ。偏見や差別感が残ってもいいのだ。理性と敬意、理解と寛容の精神ででこれまで以上の姿になって復活することを願っている。

[0121 - 3698]

≡≡ 大寒の候 ≡≡

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寒さ厳しき折、
皆様にはいかがお過ごしでしょう

 大寒:冷ゆることの至りて甚だしきときなれば也(暦便覧)

 1月20日。一年でもっとも寒い時期がやってきました。例年、この時期に考えるのは、突き刺さるような冷気を堪え忍べるのは、日毎に日照時間が増えていくにつれて、あと少し我慢すれば春の陽気がやってくるはずと希望が持てるからだと信じています。立春がやってくるまでは忍の一字です。
 もっとも、東京で一番雪が降りやすいのは2月になってからですが。


 余談ですが、小林一茶は「うしろから大寒小寒夜寒哉(うしろから おおさむこさむ よさむかな)」と詠みました。季語が秋のものなので、厳密には晩秋に味わえば、寒さがじわじわと追いついてくる情景となりますが、僕は直感的な印象で大寒の時期に味わうのも一興と感じています。


 コロナ禍が一向に落ち着かず、自由な動きが制限され続けている極寒期がやってくるなんて夢にも思いませんでした。皆様、寒さとコロナに万全のご注意を払いつつ、ご自愛いただければ幸いです。

[0120 - 3697]

 

≡≡ ワクチン報道の危険性 ≡≡

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具体的な方法論が出るまでは冷静に

 日本での新型コロナ用のワクチン接種の報道が急上昇しはじめている。以前から言われていたワクチンの副反応で死なないのかからはじまって、輸送はどうする、場所は、誰がどうやって接種するのか、どんな順番で、どんなスタイルで、個人情報の管理はどうする、強制なのかそうではないのか……。挙げれば切りがないほどの話題が出てきている。
 だが、今日の時点で報道されているのは、どれもこれもすでにワクチン接種が始まっている諸国で浮かび上がった問題点を、言葉を変えてトレースしているだけのようだ。つまり潜んでいるはずの問題点に着目した話題は出てきていないと言ってもいい。

 ワクチン接種が始まる2月下旬までには解決できるものばかりを報道するだけなら、まさに茶飲み話である。
 視点を変えると、何に着目して報道するべきか暗中模索だが、国民の関心が高まっているからとりあえず取材しておこう程度でしかないとも言える。

 大至急で構築中のヒューマンリソースやロジスティックの現況、あるいは適切な動員方法やテロまがいの妨害を防ぐためのセキュリティへの取り組みなど、切り込むべき点はいくつも残っているはずだ。
 善意に解釈すれば、今はまだ獏としているが、取材を続け、明らかになったことから報道していくスタンスなんだろう。

 そうでないとしたら。

 何もかもが明らかになっていない状況の中で盛りだくさんの話題を提供することは単なる“煽り行為”でしかない。報道関係者の皆さんには、こんな時だからこそ平時よりいっそう沈着冷静で確実な情報提供を望むばかりである。

[0119 - 3696]

≡≡ コロナ禍の行く末は運任せ ≡≡

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もっと具体的な意思表示を

 コロナ禍が悪化するなか、根を生やしたように動かなかった国会がようやく動き始めた。とはいっても必ず開催しなければいけない通常国会という形。緊急招集的な臨時国会ではない。
 しかも総理の所信表明は予想された範囲を超えないもので、ひょっとすると具体的な方向性が出されるのではという微かな期待は見事に砕け散ってしまった。
 コロナ禍のなかで暮らしている身とすれば今は非常時である。たとえそれが強い痛みを課す所信表明であっても、それなりの方向性と着地点を示してくれれば納得する覚悟はできると言えるところまで追い込まれているのだ。しかし、出てきたのは“きれいな演説”だった。

 コロナ禍がはじまって1年。誰もがまるで毎日が集中講義を受けているかのような状態で多くの経験と知見を得てきた。それだけに、漠然としてはいるが、進むべき道も見えてきている。
 それなのに……、どうも違うようである。
 誰も知らなかった世界で暮らしている現実と、旧来のワクを超えられない政治。これでは接点は生まれない。

 やはり庶民の未来は“運任せ”でしかないのかもしれない。しかたない。「自助・共助・公助」の意味をもう一度噛み締めながら自律して運気を上げていくことにしようか。

[0118 - 3695]

≡≡ あれから26年 ≡≡

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阪神淡路大震災とコロナ禍の関係

 今年も、忘れてはいけない日がやってきた。

 1995年1月17日火曜日5時46分。26年前、淡路島北部を震源とする阪神淡路大震災が発生した。


 地震発生後30分程度経った頃、私の母は、何が起こっているのかも分からない状態の中で「地震やー、どうしよう」とで電話を掛けてきた。その後約1日、電話は不通になってしまい、私自身も何が起こっているのかを知る手立てはテレビから流れる報道しかなかった。
 電話が復旧し、状況を聞けるようになると、母は「長田の方の空が真っ赤や。燃えとるんや。怖い。空襲警報が出て逃げる時間のあった空襲のほうがまだよかった。2階の壁は5センチほど裂けとるし、瓦も半分ほど落ちてしもた。それでも、皆さん同じやから我慢せなあかんねん」と一気に話してくれた。
「皆さんのじゃまになるから、今は来たらあかんで。義理のお兄さん夫婦とおばあちゃんの5人で明日から小学校に避難する」。
 発生後3日経ち、明日から雨が降るという状況になった時、母はこう語ったが、私は来るなという声を振り切って、発生後5日目に神戸に入った。そして、信じられないくらい荒れ果てた世界の中で、誰もが手探りで“生きよう、助けよう”としている現実と直面することになった。


 振り返ってみると、この日は私が生まれ育った神戸を中心とした阪神間に未曾有の大災害が起こった日でもあり、大都市災害への対処をゼロから考え直しはじめた日だったのではないだろうか。

 あれから26年。この未曾有の大災害を契機に、日本は緊急事態が起こった時の対処方法を一変させ、新たな意識のもと災害救助の方策を築き上げる努力を積み重ねてきた。
 東日本大震災やそれ以外の災害でも活躍したDMATのような医療体制もそのひとつと言えるだろう。

 神戸の地震で特に意識が根底から変わったのは「横のつながりを重視した組織的な連携」、「迅速で臨機応変な現場対応」、「通信や情報発信の重要性」だったのではないだろうか。
 言い換えれば、杓子定規な前例主義からの「迅速・連携・大量動員・現場重視・きめ細やかな情報発信」への転換である。

 そのはずなのに。コロナ禍でその鉄則は生かされているだろうか。

 国は、コロナ禍は大規模災害ではないと位置づけているが、本当にそうだろうか。物理的な壊滅状態に陥っていなければ大規模災害ではないのだろうか。無防備、無抵抗の不特定多数の人々が命の危険に晒される状態は大規模災害ではないのだろうか。
 今のコロナ禍が落ち着いた時点で変化を求められるのは、政治だけと言っても差し支えないだろう。

[0117 - 3694]

≡≡ あれから1年 ≡≡

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変わったこと。
理解できたこと。

 2020年1月16日。ちょうど1年前の今日、日本ではじめての新型コロナ感染症患者が発見された。
 しかし当時は、日本に住む人のほとんどは「警戒はするけれど危機感どころか不安感さえほとんど感じない」状態だった。いや、自分とは縁遠いものとしか認識していなかったと言っても間違いではないだろう。

 あれから1年。コロナ禍に振り回されながら、毎日どれだけ“勉強”してきたことか。
 マスク・手洗い・アルコール消毒が感染予防の基本だなんて誰が知っていただろう。三密を避けるという“常識の非常識”に心がけるべきなんて、コロナがなければ納得できなかったはずだ。

 もちろん、コロナという名前からはじまった知識の吸収も、いまでは新型インフルエンザ等対策特別措置法(特措法)などの法律用語も、ECMOという医療器具の名称も、医療が崩壊から壊滅へ向かっているという事実もしっかりと身につけてきた。
 特に、国政に携わる人々の意思決定はどんな場合でも拙速や及び腰ではいけないことと課題解決の適切さがいかに重要かについては身に染みて理解できた。
 同時に、ヒトはどんなに危機的な状態に置かれても慣れてしまうと、それが新しい日常になるため、緊張感が解けたり、反発があらわになったりするために、従前の方策では間に合わない状態になるということも体感できるようになった。

 これからの1年、どんな新しい経験をしたり、知見を得たりすることになるのだろうか。できれば、前向きなことや真摯に受け止められることであってほしいのだが、無理な話だろうか。

[0116 - 3693]