∞∞この続きはコーヒーと一緒に∞∞

その日その時、感じたことを感じたままに。まるで誰かと語り合うコーヒーブレイクのように。

≡≡ ワクチン接種始まる ≡≡

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▲『清明の候』‥清浄明潔・桜散る

報道に惑わされないように。
お忘れなく、今は試運転期間です

 ニュースでは「高齢者向けのワクチン接種が始まった」と盛んにアナウンスしている。映像は会場と接種しようとしている姿、インタビューは接種後の状態と浮かび上がった問題点と、どれもこれも同じパターンである。

 ようやく接種が始まったのだからニュースになるのは当たり前だが、大騒ぎし過ぎではないだろうか。
 今回配布されるワクチンはごく僅か。行政側の準備や運営方法に問題点がないかを確認する実証実験程度のものである。何人に接種できたとか、副反応はどうだったかというような成果を問う時期には至っていない。
 “試運転期間”“実証実験”“お試し期間”。どんな取り扱いでもけっこうだが、ゼロだったものが急発進したかのような取り上げ方は「事実を増幅して注意を惹こうとする」だけに終わってしまうもの。あまりにも薄っぺらな取材と言われてもやむを得ないだろう。

 小さな事実を可能な限り膨らませて伝えるのは、その手法に長けているほかのメディアに任せたほうがいい。手腕だけで比較すればアチラのほうが圧倒的に上手いということを忘れないでほしい。今や“ショボい取材”ならSNSで充分。報道の御旗を掲げるのならほかの方法があるはずだ。

[0413 - 3750]

≡≡ 今日はよく会うなあ ≡≡

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▲『清明の候』‥清浄明潔・桜散る

ノーマスクが目立つ日

 まん延防止措置が始まった東京。今日は珍しくノーマスクの人に出会い、逃げ惑う日だった。電車で4人、歩道で2人。カフェで2人。都心部の日中ということを考えると、計8人というのは初めてかもしれない。

 聞く耳持たずなのか、反発なのか、それとも主張なのか。いずれにしても“人の気も知らないで”と言いたくなってしまう事実である。

 私は1年前からマスク信奉者になった。それまでは咳や鼻水が出そうな時にハンカチを準備する程度。花粉症とも縁がないのでマスクは特別な存在だった。その意識を変えさせたのはコロナ禍である。いまでは、ほとんどの人と同様にノーマスクでの外出など考えられなくなっている。

 素面で過ごしている日中の出来事とはいえ、ノーマスク散見とはまん延防止措置もナメられたものである。

 これだけ間違った知識を元にした自己流を貫く人がいると、どんな対策を打ち出しても、ワクチン接種が終わらない限りはコロナ禍は収束しないだろう。つまり、少なくともあと1年は今のような状況が続くわけである。

 マスクひとつで大袈裟すぎるかもしれないが、今日はコロナ禍の感染拡大は飲食店の問題ではなく、個々人の意識の問題だとつくづく思い知らされる日になった。

 マッ、2週間後の感染者数がどうなるかを楽しみにしていよう。

[0412 - 3749]

≡≡ まん延防止措置始まる ≡≡

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▲『清明の候』‥清浄明潔・桜散る

自分を守るのは自分しかいない

 現在4月12日0時過ぎ。東京にまん延防止措置が発出されて数十分が過ぎた。

 と意気込んではみたものの、どれだけ効果があるのだろう。期待はするが、さほど効果はないと思っている人のほうが多いのではないだろうか。少なくともほとんどの人は劇的な効果はないと信じているはずだ。

 緊急事態宣言にしても、今回のまん延防止措置にしてもこれまで出されてきた対策はすべて危機感を喚起して人々が自主的に起こす行動制限を期待するものばかり。拘束力のあるのは時短営業に関するものだけに限られてきた。つまり、気の緩みを正すのは個々人に委ねられているわけだ。

 ことコロナ禍に関しては、政府は政治が取り組むべきことは舞台を設定することで、拘束力を強めることではないという立ち位置を取ってきた。当然、“裏をかく行動”や“無視する姿勢”が出てくるのも想定内のはずである。

 そんな姿勢を分かっていながら、我々は、自分はきちんと対策をしているが、政府の対策が甘いとか、指示に従わない飲食店があるからとか、あるいは危機感のない人がいるからという理由で責任逃れしていることも多々ある。

 打ち出される政策は個々人の受け取り方に委ねられているところが多い。飲食店は生き残りを掛けた闘いに挑んでいる。もちろん、ワクチンが行き渡るにはまだまだ時間が掛かる。

 今必要なのは「自分を守るのは自分しかいない」と意識を引き締めることではないだろうか。

[0411 - 3748]

≡≡ 寂寥の夜 ≡≡

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▲『清明の候』‥清浄明潔・桜散る

里親ボランティアに子猫たちを預けて

 我が家には居付き猫がいる。人さまから見れば多頭飼育と見られかねないくらいいる。しかも昨年暮れから今年2月までに8頭の子猫が生まれた。
 子猫たちを踏み潰さないように、歩く時は下を向いて摺り足、寝る時はベッドで寝ている子猫たちに注意して、「かあちゃん」や「マミちゃん」がおっぱいを上げている時は遠巻きにし、お兄ちゃんやお姉ちゃんが子猫たちに注目していると母猫たちと同様に静かに見守り……。

 そんな子猫たちを一挙に里親さんに引き取ってもらった。

 正確には毎週日曜日に譲渡会を開催している方と、区の保護猫ボランティアをやっている方の二人組に来ていただいてお預けしたのだ、8匹のうち3匹は逃げ回ってしまい、後日再度保護するということになってしまったが、それでも保護の第一段階は無事に終わった。

 無事でないのは「かあちゃん」である。つい1時間前までおっぱいを上げていた我が子が見たこともない人に連れて行かれたのだ。混乱しないほうがどうかしている。
 今も子猫たちを探しながら、餌をつまみ食いしたり、水を飲んだりと落ち着かない様子で過ごしている。

 「かあちゃん」や「マミちゃん」には悪いことをした。こちらの目を見て子猫たちのことを問いかけてくる度に謝っているのだが、許してもらっていないように感じている。
 子を持つ母の気持ちは人でも猫でも同じだと分かっていながら、避妊手術を受けさせなかったために、結果的に生まれた子を里親に預けなければいけなかった自分自身も自責と自戒の念で胸が張り裂けそうになっている。

 今夜は寂寥の夜を過ごすことになりそうだ。願うのはあの子猫たちに良縁が生まれることだけである。

[0410 - 3747]

≡≡ 新宿発多摩方面行き ≡≡

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△『清明の候』‥清浄明潔・桜散る△

東京23区と多摩地域の一部に
まん延防止措置を発出

 東京のまん延防止措置対象地域が発表された。明らかに感染者の多い23区は当然として多摩地域の武蔵野、調布、府中、立川、町田、八王子の6市だという。
 東京に住んでいる人なら、新宿発のJR線、京王線小田急線沿線の地域だということはすぐに分かるはずである。加えて言うと甲州街道、青梅街道、鶴川街道、東八道路沿いの人口集中地域が対象になっている。

 吉祥寺のように一年前の都独自の要請時に適応外となったがために人が集まり過ぎた場所は納得できる。また、高齢者の多い八王子も腑に落ちる。
 しかし、どうして八王子まで連続して指定しなかったのだろう。武蔵野市立川市の間に位置する小金井市国分寺市国立市は人口が少なく飲食店も少ないということなのだろうか。そんなことはない、充分に賑やかだ。
 それにしても三鷹市はどうして対象外になったんだろう。JR三鷹駅を挟んで北口は武蔵野市、南口は三鷹市、JR吉祥寺駅から井の頭公園沿いに15分も歩けば三鷹市という入り組んだ地域なのに大丈夫なんだろうか。昨年の吉祥寺のように「飲むなら三鷹」ということにならないのだろうか。

 都知事は人口や感染者数、飲食店の多さなどを元にして総合的に決定したと発言していたが、指定外になったことで夜の人流が増えるとか、大学が多く住民の中に学生も多いというような“予測変数”は考慮しなくていいのだろうか。

「どうせ指定するならベタッと地続きで」と思うのだが、そう簡単なものではないということだろうか。またしても対策のモレを作ってしまったと感じているのは私だけではないはずだ。

[0409 - 3746]

≡≡ 東京のまん延防止措置発出 ≡≡

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清明の候』

追加される制限は
「場所より人」の注意喚起

 まん延防止措置が東京では4月12日から5月11日まで、京都や沖縄では同日から5月5日まで発出される。まだ発出前でどうなるかは分からないが、今回の発出がコロナ禍を沈静化させる新しい局面になってくれることを切に願っている。

 2日ほど前から専門家や施政者の間に個々人の意識についての発言が目立つようになってきた。これまで、分かってはいるが言葉にしなかった「人」の意識についての発言である。
 つまり、従来は飲食店に対しての制限ばかりが目立っていたが、利用する側の人間が意識を変えない限りコロナ禍は収まらないという視点である。

 やっと“遠慮の糸”が切れた。

 これまでの1年間、国も地方も利用者に利用制限を課すとどんな反発が起こるか分からないので、人が集まる場所に制限を課すことで流入制限をしようとしてきた。その結果は耐えきれない飲食店の続出と、欲求不満に陥った人の“隠れ飲み”である。
 お約束のように発信されてきた「飲食店でもマスクをして、大声での会話を控えること」という穏やかな表現では効果は薄いというのは誰もが分かっていたこと。誰だって飲めば声は大きくなるし、マスクだって外したくなるのだから。

 今回のまん延防止措置には、これまでは「制度という枠」の中で収束を図ろうとしてきたが、これからは飲食店向けのような表向きの対策と並行して“人の本性”に踏み込んだ発言を多くして効果を上げようという視点が追加されるはずと考えている。
 個人の自由にまで踏み込むのだからどんな反発が出てもおかしくないが、収束させるためには痛みを感じる発言も必要という強い決意をしたのかどうかは未知数だが。

[0408 - 3745]

≡≡ さあ来るぞ ≡≡

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で、個々人の意識や対策は

 凄まじい勢いで新型コロナ新規感染者数が増加している。
 すでにまん延防止措置が適応されている大阪府ではそれに加えて独自の医療事態非常宣言が出そうだし、東京都でもまん延防止措置の発出を国に要請する準備に入っているという。

 「近いうちに東京も大阪同様に感染爆発が起こる」と言われていたとおりの展開になってきた。いまや東京にまん延防止措置が発出されるのは確実。出されるのは明日か明後日かというレベルである。

 東京で発出された時、事業体向けのどの程度の制約が課されるのかは大阪の例をみれば分かる。分からないのは我々のような市井の人間に向けた働きかけや制約である。
 注意を怠らずに過ごしてきた人間はこれまでどおり、あまり注意をしてこなかった人間はもう一度我慢体制に逆戻りすればいいのだろうか。

 飲食店だけが諸悪の根源ではないことは誰もが感じている。ウイルスを拡散し続けている人間こそ問題ということも知っている。

 つまり「場より人に問題あり」なのだ。

 人の意識を変えることは至難の業だが、その難題に答えを出さない限り落ち着いた生活に戻ることは不可能と言っても過言ではない。

[0407 - 3744]

≡≡ どうした大阪 ≡≡

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異常すぎる感染者数の増加が
もし東京で起こったら

 今日、大阪府では過去最多の719人の新型コロナ新規感染者がカウントされた。しかも奈良県でも過去最多の78人、兵庫県も276人と宣言解除後最多の新規感染者が出てしまった。つまり大阪府に隣接している府県で踏ん張っているのは京都府和歌山県だけと言うことだ。

 ここまで急激な増加が続くと「いったい何があったんだ」と言いたくなってしまう。変異株の増加だけでは済まされないだろう。見つかっていない原因があるのか、それとも未知の脅威が襲っているのか。いまや人流や会食だけに対策を集中させても収まらない異常事態になっているような気がしてならない。

 一都三県と近畿圏で人々の意識に大きな違いがあるとは思えない。となると、もし東京で感染が急拡大すると、これまでの傾向が参考にならない数字と状況が出てくるかもしれない。

 積極的な収束策のない状態でもかろうじて踏ん張っている現状が崩れてしまうとどうなるか。必要以上の警戒心や理性で制御できない恐怖心が広がってしまうのは自明のことだろう。
 しかもヒステリックな状態が起こってしまったら感染拡大そのものより恐ろしい状態、つまり、医療よりも警察、コロナより暴力という集団パニックになる可能性だって充分にあり得る。
 もし一都三県で大阪のような事態に陥ってしまったら……。いや、妙な想像はしないほうがよさそうだ。

[0406 - 3743]

≡≡ 努力は必ず報われる ≡≡

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我が身を振り返って

 池江璃花子選手が東京オリンピック代表選考会の100メートルバタフライで優勝し、東京オリンピックの出場内定を勝ち取った。

 お見事。感動した。勇気をもらった。おめでとう。
 どの言葉も空虚なものに聞こえるくらい。アスリートというワクを超えて人間として敬意と喝采を贈りたいくらいだ。

 1年半前、白血病という深刻な病から立ち直った彼女が、無残なまでに削げ落ちた筋肉のままレースに出てきた時は、病み上がりなのに何もそこまでと憐れむような目で見てしまった自分が今となっては恥ずかしい。
 泳ぐために自らを律し、磨き上げるために彼女はどれだけの努力を重ねてきたのだろう。

 いくら努力しても、あがいたり気持ちばかりが空回りしたりすることも多いと信じ、これまで私は「努力は必ず報われる」という言葉に疑問をいだいてきた。
 しかし、彼女が優勝インタビューで語った「苦しくてもしんどくても努力は報われるんだなと思いました」というコメントを聞いた瞬間に自分の思い込みこそ間違いだったということを思い知った。

 どん底に落ちても、立ち直り復帰する日を目標にして、諦めずに歩みを進め、精いっぱい生きること。諦めずに生き続けた結果に「勝利」があるのかもしれないが、それよりも、その過程の生き方にこそ意味がある。
 彼女の優勝は、私に努力の意味を考え直すきっかけを与えてくれた。

 優勝おめでとう。内定おめでとう。そして、ありがとう。

[0405 - 3742]

≡≡ 清明の候 ≡≡

心地よく清々しい生き方を

清明の候

「明るく清々しい季節」となるか

 万物発して清浄明潔なれば、此芽は何の草としれるなり(暦便覧)

 二十四節気清明の候。一年で一番心地よい季節がやってきた。
 「清浄明潔」。今から始まるモノゴトを歓迎しているかのように降り注ぐ光はキラキラと輝き、そよぐ風はあくまでも清々しい頃。

 と、二十四節気では言っているが、今年はどうだろう。
 世の中を見渡す限り、清々しく晴れ晴れとした気分に浸るにはほど遠い。どうせなら清明の「気」が世の中に新風を吹き込んで、これまでの混沌とした空気を一掃させてくれればいいのにと願っている人もなかにはいるかもしれない。

 制約の多いコロナ禍とはいっても、工夫次第で心地よさや清々しさは味わえるはず。結局は人それぞれの生き方次第ということになるのかもしれない。

[0404 - 3741]