∞∞この続きはコーヒーと一緒に∞∞

その日その時、感じたことを感じたままに。まるで誰かと語り合うコーヒーブレイクのように。

テープの時代、デジタルの時代

【ビデオ創世記】


 今日は何を書こうかなとボーっと考えていたら、『朝ズバッ』でVHS録再機の生産が完全に終了し、秋葉原の中古オーディオ店に人気が集まっているというコーナーがありました。で、今日の独り言は、これだな、です。
 
 
 僕が写真をメインに映画、映像論などを学ぶため大学に入学した頃、映像作家のなかで「これからはビデオの時代だ」という声が大きくなっていました。
 映画であろうが、テレビのドラマもニュースも動画と言えばフィルムを使うのが常識だった時代です。先行してデビューしていたソニーのベータ方式のカムコーダーがテレビニュースに使われ始めた程度で、まだまだニュースもフィルムを使っていました。
 そんな時代に映像の世界に新しい風を拭きこんだのがビデオでした。つい数年前のアナログ方式からデジタル方式への変化も大きなものですが、35年ほど前に発表された「フィルムレス」の発想は新鮮で刺激的でした。なにしろ一度記憶させたものを消して新たな映像を記録できるとか、小さくても目に見えていた画像もビデオ再生機とテレビモニターで確認する、つまり「再生メディア」が必要とか、フィルムよりはるかに長い時間撮影ができるとか、当時の常識を覆す「機械化」でした。
 とはいえ、ビデオと言えば放送局が使っていた1インチ幅のオーディオテープのものがほとんどの時代。1/2テープを使ったベーカム(ベータカムコーダー)は、画像の質を問われることが少ないニュース専用でした。アマチュアがビデオ撮影しようとすれば1/4インチのオーディオテープ、つまりオープンリールのサウンドテープを使ったものしかありませんでした。ちなみにベーカムの価格は一千万円以上、アマチュア用でも百万円以上。編集作業をする時は一時間数万円という使用料を払っていました。
 
 
 確かに映像の世界はビデオの登場ですっかり変わりました。特にVHSが登場して映像に市民権が与えられ大衆化してからは変化はより急激なものになっていきました。
 撮影者の意識がより被写体に密着したものになったということがもっとも大きな変化。今では信じられないほど複雑でデリケートな機材を使ってはいるものの「キャメラマン」や「映像作家」という特別の存在が、「撮るのはパパ」というような意識改革が急激に進みました。今風に言えば、写真がケータイで撮れるようになった時の意識改革と似ているかもしれません。
 
 
 またひとつ時代の終焉を迎えました。そして、これまでに蓄積したノウハウや思想は受け継いだ新しいメディアに生かされることになりました。
 穏やかに委譲されてきたメディアの交代は新たな時代を作り出そうとしています。それもまったく新しい映像を生み出しています。今こそ、楽しみな時代なのかも。映像表現は、まさに変化を原動力にした表現方法です。
 僕の映像、あなたの映像、見ず知らずの人の映像……。すべてがフラットな関係になる時代がいつの間にか当たり前になっています。フィルムからオーディオテープへ。オーディオテープからデジタル録画へ。映像への意識が変わって当然でしょう。
 
 
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