∞∞この続きはコーヒーと一緒に∞∞

その日その時、感じたことを感じたままに。まるで誰かと語り合うコーヒーブレイクのように。

ある翻訳家の死

常盤新平氏】


 雑誌『ニューヨーカー』を舞台にして活躍したオー・ヘンリーアーウィン・ショー。ブルックリン生まれのコラムニスト、ピート・ハミルウォーターゲート事件の調査報道をまとめたボブ・ウッドワード。一連のジャズエイジ・ノート。1929年の世界恐慌ウォール街ドキュメントとして描いた新書……。
 僕にとって常盤新平氏の翻訳本はアメリカを知るために欠かせない存在でした。特に、学生時代に雑誌『ニューヨーカー』に掲載された短編を集めた3冊セットの分厚い本を読んだことでアメリカ文学の楽しさを知ることができました。
 常盤新平氏はそんな本を精力的に翻訳し出版してくれました。書店で本を探す時、タイトルや作家名と同様に氏が翻訳しているかどうかも本選びの基準になっていた時期もありました。
 たとえばピート・ハミルからボブ・グリーンを、アーウィン・ショーからスコット・フィッツジェラルドを知り、ジャズエイジアスピリンエイジに興味を抱き、ジェフリー・アーチャーにのめり込みというように次から次へとアメリカの文化や精神を吸収していきました。
 今では暇さえあると日本の伝統工芸や江戸文化にも触れようとしている僕ですが、ひょっとすると僕のアメリカ好きを決定付けたのは氏の翻訳だったのかもしれません。
 僕にとってアメリカを知るための師匠、常盤新平氏が亡くなりました。81歳。昨年末から僕の心の中で支柱のようになっていた方が何人も亡くなりましたが、そのなかでも一番身近な存在だった氏。
 ……もう一度、できるだけ多くの著作や翻訳本を読み直します。もう一度、氏がお好きだったお茶の水山の上ホテルにも行くことにします。氏がお好きだった競馬も将棋もやらない僕ですが、何かしら思考ゲームに挑戦することにします。
 若かった僕に、素晴らしく、醜く、楽しいアメリカを教えていただいて本当にありがとうございました。大学を卒業してアメリカン・ファッションを追求する雑誌で働くことになったのも氏の影響があったのかもしれません。
 どうぞ安らかにお休みください。これからは天空のどこかで東京とニューヨークを一度に俯瞰しながらアメリカの今を楽しんでください。


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