∞∞この続きはコーヒーと一緒に∞∞

その日その時、感じたことを感じたままに。まるで誰かと語り合うコーヒーブレイクのように。

開花宣言、その後

◇昨日、東京では気象庁が「さくらの開花宣言」をした。きっと九段の桜は咲き始めたのだろう。
 しかし、上野公園の桜は、まだまだ。例年通り、もう二週間ほど前に咲き始めた「早咲き桜」は満開を過ぎて、散り始めているが、それ以外の樹は開花直前。つぼみも大きく膨らんできたので、もうすぐ咲くことだろう。自分の生活そのものまで「花開きそうな」ワクワク気分になれる。
◇とはいっても、今年の上野公園は例年と違う。
 忍ヶ丘の上、つまり、噴水を中心にして動物園、博物館、美術館などが集中しているスペースが全面的に改修工事に入っているのだ。
 そのうえ、例年、非常に多くの人々が夜桜宴会を繰り広げる「さくらまつり」が中止になった。理由は、言うまでもない。この非常時に「不謹慎」だから。ここでもイベント中止である。
◇といいながら、実は、この上野公園の夜桜宴会だけは何とかしてほしいと思っていた公園愛好者の僕にとっては、ありがたい中止なのだ。
 なんと勝手なことかと自分でも呆れるくらいだが、それでもいい。巨大なゴミ捨てスペースの間に数件の宴席。どう見てもゴミとゴミの間で無理矢理飲んでいるような気がするのだ。
 理由はともあれ、それが中止になった今年は意外と静かに夜桜が楽しめるかもしれないと、秘かに期待している。
◇それにしても「不謹慎だから中止」とか「現状を考えて延期」というイベントの多いことか。今回の場合は電力節減という意味合いもあるのだろうが、「息抜き」なしの生活というのは、必ずどこかで破綻する。
 不安、怒り、奇行。どんな形で我慢の代償を払うことになるのかは未知数だが、きっと、なんらかの形で爆発する。心理学や精神分析の専門家なら僕のような門外漢よりももっと学問的に説明してくれるだろうが、ざっくりとしたところは誰でも想像でき、僕と同じような結論に達するものと確信している。
◇神戸の地震の時に、被災者から直接聞き、僕自身が混乱してしまった言葉がある。
 「被災しなかった人たちが、自分たちに遠慮してストイックになりすぎていると、こちらのほうが恐縮してしまう。だから、普通の生活をエンジョイしてくれたほうが気楽。被災者だって苦しい中にも楽しみを見つけて前向きに生きているのだから、普通に生活出来る人は普通に生活してください」という言葉が帰ってきたのだ。
 被災者の立場では、さすがにここまで極限状態の生活が続くと「うらやましい」なんて思えない。それよりも楽しめる人は楽しんでくれたほうがいいということだろう。
 その言葉のすべてを鵜呑みにするわけにはいかないが、ある程度の自制があれば、年中行事や、人に勇気を与え、みんなで元気になれるイベントはできるだけ開催したほうがいいと思う。
◇「被災の伝染」や「苦しみの拡散」が世の中を支配しないように、少しだけリラックスしよう。「バカ騒ぎ」や「風評メーカー」にならないように気を付けながら、いつもよりちょっとだけ静かに春を楽しもう。それも、支援のひとつの形かもしれない。
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