∞∞この続きはコーヒーと一緒に∞∞

その日その時、感じたことを感じたままに。まるで誰かと語り合うコーヒーブレイクのように。

自転車に訪れた時代の転換期

【自転車問題】


 先日、大阪で自転車の無謀運転による交通死亡事故の判決が出ました。信号のない車道を横断してきた自転車を避けようとしたライトバンが急ハンドルを切った結果、後続のタンクローリーが歩道に突っ込み、通行中だった歩行者2名の命を奪ったという事件です。
 このような場合、従来なら、タンクローリーに過失あり、自転車には責任なしという判決が出ていたかもしれません。しかし今回はタンクローリーの運転手が不起訴になり、自転車に乗っていた人に極めて危険な行為ということは充分に予測できたはずという理由で禁錮2年の判決になりました。
 僕はこの判決、画期的だと思っています。何もかも自動車が悪い。それも大型トラックになればなるほど悪い、というステレオタイプ化した危険度の判断基準が変わってきた証明のような判決ではないでしょうか。
 言い換えれば、一旦、車道に出れば、軽車両といえども自転車だって立派な車両。恣意的に危険を誘発したとすれば当然という時代になったと言ってもいいでしょう。
 もちろん、「自転車なんだから責任はない」とか、「自転車だからどこをどう走ろうが自由なはず」と考えている人たちもいるでしょう。僕だって自転車の自由度の高さが好きなんですから。
 でも、あえて言います。
 「自転車だって車両のひとつ。ルールやマナーを守って車両の仲間入りをするべきだ」と。


【車道を走る市民権】
 これまで自転車は歩道を走るもの。車道を走るなんて邪魔なだけ、と自動車の運転手からは煙たがられてきました。確かに自動車側からすると車道を走られると「コワイ」です。自転車側も危険を感じます。
 しかし、歩行者に危険を感じさせない程度まで徐行して走るならともかく、ある程度のスピードを出して走るなら、車道の左端を真っ直ぐに走ったり、一旦前方の横断歩道まで直進した後、信号が変わるのを待ってから直角に右折するという原付バイクと同じ交通法規を守って、いわば「車道を走る市民権」を確立すべきだと思うのです。中途半端な状態では退け者扱いは変わりません。
 とりあえず「勘違い自転車乗り」に退場してもらい、「交通法規が適応される自転車なんてめんどくさい」と感じてくれる「トレンド自転車乗り」が減っていくのを待ちたいと思います。それまでは厳しい判決や行政処分が科されることを、あえて、叫びたいと思っています。


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