∞∞この続きはコーヒーと一緒に∞∞

その日その時、感じたことを感じたままに。まるで誰かと語り合うコーヒーブレイクのように。

あの火事から一ヶ月以上が過ぎた

◇2月5日25時30分。隣家が火事になった。最短で我が家から2メートルしか離れていないところで出火。2時間ほどの間に全焼が4軒、半焼が2軒出た。僕も明け方まで家に帰ることも出来ず、かといって近くにいないことには我が家まで焼けるのではないかと気が気ではなく、結局、消防の邪魔をしない範囲でウロウロしていた。
当日はこのブログもPCから発信出来ず、ケータイで短文をアップして状況をコメントしただけに終わったことを覚えている。
◇あれから1ヶ月と少しの時間が過ぎた。周囲の家はドンドンと解体が進んでいる。皮肉なことだが、それと比例して日当たりと見晴らしがドンドンとよくなっていく。
ただし、焼けた炭状の材木やホコリがバラバラふわふわと舞い込んでくるため、窓を開けることも洗濯物を干すこともはばかられるのが厄介だが。
◇大都会の中の住宅密集地。地図上でも本当に小さな範囲に起こった火事という異常事態。大きな視野で見れば関係者以外には誰も関心を寄せないような小さな出来事だったが、それでも「小さな復興計画」が始まっている。
解体作業や整地作業は関係者にとってはもう一度やり直すスタート地点に立てたような気がするもの。物理的にも精神的にも「リカバーの時」が来たと言えばいいのだろうか。
同時に僕のような延焼を免れた人間にとっても感無量の時である。
その上、なんだか、あの火事以来、自分自身もリフレッシュしているような気持ちがしてならない。
◇右肩上がり世代の考え方かもしれないが、物事なにもかも、一旦壊滅してしまえば後は成長するのみ。解体作業を見ていると、そんな感じがしてならないのだ。
同時に周囲の人たちがイザという時にどんなに助けになるかも改めて知った。みんなで助け合った結果、驚くほど顔見知りも増えた。
◇僕は今、神戸の地震の時とは、また違った感慨にひたっている。あの時は当事者というよりもお見舞いボランティアの立場だったのが、今回はほぼ当事者である。壊滅する時のあっけなさも分かったし、復興の力強さも知った。
そして、自分の気持ちがこれまでにないほど「右肩上がり」になっていることも発見した。
本当に大切なのはこれからということも分かっている。周囲の家は、都会らしく、バラバラの建て方になるだろうが、僕が感じている「右肩上がり」は、緩やかで着実なものにしようと決心している。
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