∞∞この続きはコーヒーと一緒に∞∞

その日その時、感じたことを感じたままに。まるで誰かと語り合うコーヒーブレイクのように。

ライフスタイルが変わる

◇今日の午後、僕は小田急線の千歳船橋まで行った。昼間だったので、電車の照明は消えたまま。ダイヤはどうも、休日用らしい。結果、考えていたよりも少し到着までの時間もかかってしまった。
 そして帰り。千歳船橋には階段がないのである。ホームに上がるには止まっているエスカレータを使うしかない。確か、これは故障の原因になるのではなかったか、と一瞬疑問が浮かんだのだが、ホームへたどり着くのにその方法しかない。ステップの高さが一段ずつ高くなる特有のステップでつまずきそうになりながらホームへ。
千歳船橋からバスであるところへ向かったのだが、そのバスも「燃料確保が難しいため臨時ダイヤで運行します」と書いてある。簡単に言うと半減しているのだ。
 ただ、道は空いていた。きっとガソリン・セーブの影響だろう。これが今の東京。我慢ガマン。きっと良くなる。それまではこんな経験もいいだろう、なんて考えながら目的地へ向かった。
 この事故を機に見直すべきことの一端がここにあるのだろうと納得していた。
 確かに無駄なものも多かったし、削減してもさほど影響がなかったという現実を突きつけられるものもあるだろう。見直しの好機と位置づけられ、ダウンサイジングするべき時がきたものもあるだろう。今回の事故を機に見直すべきことは非常に多いと思う。
◇ところが、テレビを見ていると、電力供給の問題で「生活様式の変更も視野に入れた電力削減を……」という話が持ち上がっている。正直なところ、突然何を言い出したのか、信じるまでに時間がかかった。
 報道された情報だけを基にして考えれば、それもやむを得ないことなのか、とあきらめにも似た気持ちになってしまったのだが……。
◇電力にしても石油にしても、どこか、おかしくないか。
 今回の原子力問題を国家的な大事故だと確信はしている。この状況から出来るだけ早く脱するためには小さな協力を惜しんではいけないと信じてもいる。しかし、僕が言いたいのは対処方法ではない。
 個人の生活を、そんな簡単に、しかもこれまで危機管理対策をおざなりにしてきた人たちから、変更してくださいなどと言われても、即座にハイと言うわけにはいかないのだ。
 便利で繁栄したライフスタイルを実現し、維持できてきたのは、「夢を実現させるためのインフラ構築」と「それを推進してきた国策」があったからではないか。
 そんな国策を、国の存続が掛るような壊滅的なダメージが生じたためという「正当な」理由が出てきたので「国民の皆さん、我慢してください」ということだろうか。しかも、料金も値上げして総使用量の削減も図ろうという意見まで出てきている。
 ほぼ競争がなく、利用者に選択肢もない、絶対的なライフライン企業と、それをバックアップしてきた国。彼らは、事故を機にクローズアップされてきた今回のダウンサイジングに対して、どう考えているのか。人ごとのように考えていないだろうか。
◇国の存続を危うくするほどの問題を隠し抱えたまま進めてきた国策。リスクを隠すために抑えられてきた「極限まで視野に入れた危機管理体制」。
 ライフスタイルが変わるなら、インフラの見直しや危機管理体制の充実、正確で隠し事のない広報体制などを実現させることも同時に行うこと。こんなスタンスの変更なら、喜んで受け入れよう。
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