∞∞この続きはコーヒーと一緒に∞∞

その日その時、感じたことを感じたままに。まるで誰かと語り合うコーヒーブレイクのように。

流出した文化

◇先日まで東京・広尾の山種美術館で『ボストン美術館浮世絵名品展=錦絵の黄金時代』という美術展が行われ、非常に多くの愛好家がその作品に魅了されたという。
 ボストン美術館に所蔵されている浮世絵のなかでも秀逸な作品ばかりが集まった見事な美術展で、鳥居清長、北川歌麿東洲斎写楽などを筆頭に浮世絵、特に「錦絵」と呼ばれる美しく貴重な作品が一同に会するものだった。
ボストン美術館には江戸時代の貴重な浮世絵が多数所蔵されている。今回の名品展は明治15年に来日したウイリアム・スタージェス・ビゲローが数年間を掛けて収集したものが里帰りしてきたわけだ。
 また、ボストン美術館には狩野派の作品や俵屋宗達の作品などで知られるフェノロサ日本画コレクションや、縄文式に始まる日本の陶磁器のモースのコレクション、そして仏像や工芸品など、日本の文化の結晶が集められている。
 東京藝術大学の創立メンバーでもある岡倉天心が美術館の日本部長を務めていたこともあり、日本文化が精力的に収集されたという側面もある。
◇しかし、何故ボストン美術館なのか。何故秀逸な美術品が「里帰り」でなければ日本で観ることができないのか。なんとも悔しいではないか。
◇どうも、僕も含め日本人は自らの文化に「見切り」を付けることに頓着しない国民性を持っているようだ。
 美術品だけでなく、着物も日本式建築も昭和30年代を最後に文化の最前線から退いた。食べ物はジワジワと後退していった。そして、海外の文化が「新しい文化、これからのスタイル」として定着し、同時に古典的な文化は忘れられていった。
 そして、ようやく先人たちが築き上げた文化の素晴らしさに気がついた時には、それを受け入れる土壌から再構築しなければいけない状況になっていた。
◇歌舞伎役者が十八番にする見得を組み合わせて表現した清長の作品群。色香漂う歌麿美人画。雲母刷(きらずり)と呼ばれる背景部分に雲母を刷り込み、役者の姿が浮かび上がってくるような趣向で作られた写楽の役者絵。どれを取っても見事としかいいようがない。
 作家の高い技量と豊かな表現力が合わさった時にしか出現しない美術品という言葉でしか表わせない自分が情けなくなるようなものばかりが集まった満足感充分の美術展だった。
◇実は、僕の浮世絵好きは20年近く前に訪れたボストン美術館で浮世絵に出会ったときに始まるのだ。そこで、写楽と出会い、数えきれないほどの仏像と対面し、金箔とともに浮かび上がる松島屏風の迫力を知ることになった。
 しかし、その時は素晴らしい美術品を観ることができたという感激しか浮かばなかった。でも、どこかおかしい。そこから僕の模索が始まった。
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