∞∞この続きはコーヒーと一緒に∞∞

その日その時、感じたことを感じたままに。まるで誰かと語り合うコーヒーブレイクのように。

八十八夜から10日後

◇♪夏も近づく八十八夜 野にも山にも若葉が茂る 「あれに見えるは茶摘みぢやないか あかねだすきに菅(すげ)の笠」♪。
 おぼろげながら、小学校で習った記憶のある『茶つみ』の歌である。
 立春から88日目頃になると、霜も降りなくなり、茶摘みの季節になることからこの唱歌が誕生したようだ。
 もともとは京都・宇治の茶畑で茶摘みの時に歌われていた労働歌が唱歌としてアレンジされたようだが、今では新茶の季節といえばこの唱歌というくらい定番になっているのはご存知の通り。
◇僕は、コーヒー、紅茶、中国茶などが好きで、あまり日本茶は飲まないのだが、それでも新茶の季節というと、『ああ、もうこの季節がやって来たんだ』などと思ってしまう。
 ちなみに、なぜ、日本茶を飲まないかというと、正直なところ、あまり美味しい日本茶を飲んだことがないからだと思う。葉の選び方や、お湯の温度や注ぎ方、湯のみなど道具の選び方すべてが揃わないと美味しい日本茶には出会えない。日本茶ほどデリケートなお茶はないとさえ信じている。
◇さて、新茶の季節がやってきた今日、「新茶からも基準値以上の放射性セシウム」が検出され、出荷停止及び出荷された新茶の回収が始まったという報道があった。それも東京を越えて、神奈川だという。
 報道を見た時、一瞬「ここまで来たか」と思ったのだが、福島からでも風に乗れば容易に到達する距離なのだろう。季節感溢れる新茶だって例外ではないと証明されたわけだ。
◇たったひとつの事故が想像もできないほど広範囲に影響を及ぼし、当たり前だと思っていたライフスタイルが当たり前でなくなってしまった。なんとも難しい世の中になってしまったものだ。
 しかし、こんな時だからこそ否定的な物言いはしたくない。世の中にはエキセントリックな言葉で否定的で悲観的なコメントをすることこそ物事を考えている証拠だ、と思っている人間がいる。このタイプの人々ほど、僕が苦手とする人々はいない。
 どうも、彼らからは、より良い将来を作り出したいという気持ちが感じられない。極端なことを言えば「否定的なことを言った方がカッコいいだろ」的な印象さえ受けてしまうのだ。彼らには明日に向かって前進するという気概がないのだろうか。
 自分が前面に立ってこの難局の一部であっても、切り崩していくエネルギーは人間が生きていくための重要な要素だと思うのだが。
◇当たり前だと思っていた季節の贈り物が、そうではなくなった。
 こんな時だからこそ、自然と共生した豊かでしなやかな生活を取り戻したいと切実に願ってしまう。
 何も目立ったことは出来ないかもしれないが、失いそうになっている「より良い生活」への道を探して歩き出そう。
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