∞∞この続きはコーヒーと一緒に∞∞

その日その時、感じたことを感じたままに。まるで誰かと語り合うコーヒーブレイクのように。

江戸工芸

【地域と伝統工芸】


 切子、小紋、鼈甲細工、すだれ、指物、提灯、印伝、木箸、手ぬぐい……。
 江戸期から続く工芸品の中には商品名の前に「江戸」とつくものがいくつかある。たとえば江戸切子、江戸小紋といったような塩梅である。
 これらは、もともと他の地方で作られていたものが、武家社会の中心地だった江戸風にアレンジされ、オリジナルに勝るとも劣らない意匠とワザを勝ち得たものである。
 当初、江戸で作り始められたころは、各地から集まった江戸詰めの武士を顧客対象にすることが多かったが、その目新しさや美しさに魅せられて、出身地や身分を越えて利用されるようになった。特に富裕な商家がその代表的な顧客だったという。


 しかし、すべての伝統工芸というわけではない。浮世絵や黄表紙などの印刷物を作るための木版画と、銀を打ち出して食器や酒器を作り出す鍛金(たんきん)には「江戸」という言葉はつかない。江戸で作られるものが多く、かつ秀逸だったからだと想像できる。


 墨田区台東区、足立区、荒川区江東区、文京区など「東京の下町」にはそんな伝統工芸を今に伝える工房が点在している。
 さすがに工房の数も従事する職人も少ないが、一軒あるいは一人ずつが高度なワザと確たる思想を持ってる。しかし、残念ながら、その「確かな仕事」がそれに見合った評価を得ているかというと疑問。経済学的に言えば「衰退産業」の部類に入ってしまっている。
 とは言っても、そんな伝統を後世に引き継ごうとする世代も育っており、伝統意匠に新しい感覚をプラスした逸品が発表されることも多くなってきた。


江戸切子


 墨田区と言えば、江東区に続いて江戸切子の工房が多いことでも知られている。
 広い場所を必要としないためか、大きな工場などではなく町家の一部が工房になっている職人家で作られることが多いのも江戸切子の工房の特徴かもしれない。そのため、錦糸町に近いエリアを歩いていると「アレッ、こんな所に切子工房が」ということもある。
 ちなみに、江東区のJR錦糸町駅近くには江戸切子組合の店がオープンしている。また、台東区浅草の伝法院通りにも一軒の工房が出店を構えている。


 切子と言えば、薩摩切子が有名。透明ガラスに藍や赤、緑、金(黄)などの色を、色被せ(いろきせ)という技法で重ね合わせ、ぼかしやカットを施したものである。
 それに対して初期の江戸切子は、透明ガラスにカットを施したものだったが、明治期以降、薩摩切子の衰退と海外からの技術の流入によって、江戸切子も色被せの技法を多用した作品が主流を占めるようになってきた。


 濃い色のガラスに、矢来・菊・麻の葉など、着物柄としても使われることが多い文様を、スパっとシャープに表現したものが江戸切子の最大の特徴といえるだろう。
 つまり、シンプルで分かりやすいデザインのものが多いのも江戸切子の特徴である。武家好みと文明開化の西洋趣味が合わさった「粋と斬新さ」が融合したものと言ってもいいだろう。
 本来、鉛ガラスと呼ばれる透きガラス(すきがらす)が江戸切子の台として使われていたが、近頃では鉛を17%以上含有した「クリスタル」の台も多く使われるようになった。そのような上級商品はアンティークものと比べ、手にした時にずっしりとした重量感や存在感がある。
 作られているものは大小のグラスをはじめとして、皿、小鉢、花器、置物など多様。資金と時間を考慮に入れず、そのうえで職人に無理を言えば、一点物のオリジナル作品も作ることも可能である。
 


 そして、冷酒、麦茶、冷麦、枝豆……。江戸切子と相性のいいものは真夏の食材に多い。これもシャープな切り口が涼しげな印象を与えてくれるからだろう。


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