∞∞この続きはコーヒーと一緒に∞∞

その日その時、感じたことを感じたままに。まるで誰かと語り合うコーヒーブレイクのように。

江戸伝統工芸**伊勢型紙**

【縁の下の力持ち】


 表に出ることなく下支えをする人。アナザー・ヒーロー。名参謀。「縁の下の力持ち」という言葉にはいろいろな意味や言い方がある。どんな事を成し遂げようとしても、たったひとりで成し遂げられることは極めて少ない。必ず、その出来栄えを左右する隠れた名脇役が存在する。


 江戸時代には特化した仕事をそれ専門にこなす職人や作業者が存在し、多くの人の仕事の連携で世の中が成り立っていた。その歴史を受け継いで来た伝統工芸の世界には、今でも何人もの専門の職人がひとつの作品作りに関わり、それぞれの仕事を全うすることで作品が生み出されるシステムが確立している。


【伊勢型紙】


 伊勢型紙もそんな名脇役のひとつである。小紋の着物、印伝の袋物、手ぬぐい……。布や革に何かの形を染めていく場合、この型紙がないと仕事にならない。
 最初に精密な絵柄を作る。それを漆を薄く塗って強度を確保させた和紙に転写して、小刀で必要な部分を切り抜いていく。そして出来あがったものに絹の紗を漆を使って張り強度を増す。
 江戸小紋や江戸印伝、江戸手ぬぐいなど、型紙を使う仕事は数多い。それらを完結させるための型紙作りは簡単に言うとこうなる。
 名前は伊勢型紙だが、江戸時代から現代まで東京にも型紙作りを生業とする職人が何人か存在している。なかには女性もいるという。歴史的に言えば、ほかの工芸技術と同様、その発祥地から技術を持った職人が江戸に移住し、仕事を始め、そしてワザを伝承してきたわけだ。
 ちなみに型紙と言うと江戸小紋のような「連続柄」を最初に想像してしまうが、手ぬぐいのように同じ絵柄を何百と刷り上げる作品にも使われている。こんな仕事に使われる型紙は、配色の数だけ必要になる。つまり、浮世絵の版木と同様。6色遣いなら6枚の型紙が必要になる。しかも、それぞれの配色がずれないようにする「見当」を合わせた作りも考慮に入れなければならない。
 この仕事ほど「縁の下の力持ち」という言葉が似合う仕事もないだろう。とにかく作品が出来あがってしまえば、その仕事の出来栄えは絵柄として表現されているだけ。型紙が表に出るわけではない。しかし、この型紙の良し悪しが作品の出来栄えを左右することは言うまでもないだろう。


【型紙とコンピュータ製版】


 型紙は、一人前の職人になるための修行も長く、一枚の型紙を仕上げるための時間も掛り、仕上がったものを使いこなすにも熟練のワザが必要という「古典的なプリント技術」である。作業効率や経済性を考えれば、その作業がコンピュータ製版に代わっていってもおかしくはないだろう。
 しかし、決定的な違いを忘れてはいけない。「手のぬくもり」である。職人が丹精を込めて作り上げたものにはコンピュータでは表現できない「何か」が存在しているのだ。完成度が高ければ高いほど、その「ぬくもり」や「奥行きの深さ」が伝わってくる。
 低価格で大量生産されるものには職人が心を込めて作り上げた型紙は不向きだろう。しかし、上質なライフスタイルを完成させるために必要な「人のぬくもり」を表現する時、型紙のような「手ワザの力」が大きな役割を果たしている。
 これからの物作りを考える時、大きな要素になりそうなキーワードがここに隠されている。


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