∞∞この続きはコーヒーと一緒に∞∞

その日その時、感じたことを感じたままに。まるで誰かと語り合うコーヒーブレイクのように。

江戸伝統工芸**江戸手描提灯**

【祭と提灯】


 浅草、鳥越、深川……。下町といえば祭。祭といえば提灯。それほどなくてはならない関係にあるのが提灯だ。
 1000年以上前から「照明器具」として利用されていたという文献も残っているようだが、今のように提灯が庶民の間で利用されるようになったのは江戸時代から。宗教的な儀式などで使われたのが始まりらしい。特にろうそくが普及されるに連れ、持ち運びできる照明器具として発達したという。
 今年は地震の影響で三社祭も自粛してしまったが、例年なら5月の第二週の金曜から日曜まで浅草は祭一色に染められる。この時期、マンションも含め、ビル、一戸建てを問わず、各戸の玄関先には三社祭の提灯がぶら下がる。それは下谷でも鳥越でも深川でも同様。まずは提灯が祭の訪れを知らせてくれるわけだ。
 

【提灯の命はその書体にある】


 屋号や名字を描いた弓張提灯、飲食店の店頭に飾られる高張提灯、使うときだけ紙製の胴を伸ばして使う箱提灯。大雑把にいうと提灯は3つのカテゴリーに分けられる。それぞれ用途によって大きさや形に違いがある。たとえば直径3m近くある浅草寺の雷門の提灯もあれば、日系の芸術家イサム・ノグチが、岐阜提灯をもとにデザインした『akari』という照明器具もある。
 ちなみに産地としては、讃岐、岐阜、小田原などが有名。どの産地にも独特の製法やフォルムが残っている。ところが、ほかの地域と違い江戸では、竹ヒゴを組み、和紙を張る作業は発達しなかった。江戸提灯の職人は、出来あがった白地の提灯に手描きで文字や絵柄を入れる「描き職人」。つまり、現在まで受け継がれてきたのは提灯そのものよりも「文字」なのだ。
 江戸手描提灯に描かれる文字は、千社札に描かれる文字と同じ「江戸文字」と呼ばれる。千社札用より若干横に広がっているのが特徴だ。
 よく似た書体に歌舞伎文字や寄席文字、勘亭流などがあるが、それぞれ縁起の担ぎ方や使用方法の違いによって、ハネやトメ、ハライなどのディテールに微妙な差がある。
 そして、そのディテールが文字を印象付けている。


 日本の文字芸術は草書や行書をそれぞれの書家が自由に崩し使っていたが、江戸文字の発明によって初めて定型的な書体が出来あがったと言っても過言ではない。つまり、江戸文字は日本で初めての「フォント」。そんな文字を使った提灯が江戸手描提灯なのだ。


【手描職人】


 今も浅草を中心にして、台東区墨田区江東区には数軒の手描提灯工房が存在している。もちろん下町の路地の一角に工房が構えられているのはほかの伝統工芸と同様。ただ、さすがに提灯屋だからだろうか、店先には看板としての提灯があるので分かりやすい。
 三社祭の提灯も、会社宣伝用や自宅のインテリアにされることが多い小型の弓張提灯も……。こんな工房へ行けば誰もが望みの提灯を作ることができる。当たり前だが、すべてオリジナルの一点もの。こんなに身近な伝統工芸もあまりない。
 そして、下町にはそんな伝統工芸を生活に取り入れる奥行きの深さが残っている。


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