∞∞この続きはコーヒーと一緒に∞∞

その日その時、感じたことを感じたままに。まるで誰かと語り合うコーヒーブレイクのように。

散歩開眼

【散歩の仕方を教えてくれた人】


 数年前、長年務めた出版社を辞めてすぐの頃、それまで知らなかった時間の使い方を経験することになりました。なにしろ30年近く平日は仕事、土曜、日曜の休日も休日出勤することも多く、平日の午前中をゆっくりと過ごす方法を知らなかったのです。
 会社を辞めるまで休日は書店へ行くか、コンピュータ関連のパーツ屋へ行くか、ガーデニングセンターで過ごすか、あるいは美術館へ逃げ込むか、それとも知らない店で美味しいものを食べるか、そんな過ごし方をしていました。しかし、それは貴重な時間を有効に使うためのスケジュール作りの中から生まれたもの、再就職のために動き回ることが日課となってはいても、結局は「毎日が日曜日」。どう時間を潰すかも重要な課題として浮かび上がりました。
 そんな時、ぼんやりとテレビを見ていたら、おじさんが街を歩き、買い食いをし、通りかかる人たちとたわいのない立ち話をするだけの番組に行きあたりました。
 『ちい散歩』。最初は何気なく時間潰しのつもりで見ていたのですが、毎日のように見ているうちに「そうか、これが散歩」なんだと気がつきました。ゆっくりと歩き、初めての店にフラッと入り、偶然巡りあった人と世間話をし、時には迷子になったり……。明日への架け橋を探している「ザラザラになっていた素の自分」がもう一度ブラッシュアップするための後押しをしてくれる自由時間が「散歩」だということにやっと気がついたのです。
 そう、あの30分番組は僕にとっての散歩開眼のきっかけを作ってくれたのです。


 そして、その「散歩のおじさん」、地井武男さんが昨日亡くなりました。70歳。体調が悪くなり、番組のレポーターを加山雄三氏と交代しながら治療に専念されていたということでしたが、遂に帰らぬ人となられてしまいました。
 今思うと、散歩の仕方だけでなく、生き方も教えてくれたのが地井さんだったのかもしれません。


 今、僕は平日の過ごし方を考えることもない生活に戻りましたが、それでも悠々自適の大切さはしっかりと身についたと思っています。
 そして、この週末、ゆっくりと散歩に出かけます。いろいろなところで迷子になりながら、ハムカツやコロッケをほうばりながら、コーヒーショップで隣り合わせた人と世間話をし……。


 地井武男さん。ご冥福をお祈りします。天国にいらしても散歩をお続けください。


[611/1000]