∞∞この続きはコーヒーと一緒に∞∞

その日その時、感じたことを感じたままに。まるで誰かと語り合うコーヒーブレイクのように。

方言こそマザータング

【『じぇじぇじぇ』から発展して】


 昨日発表された流行語大賞のなかで『じぇじぇじぇ』という言葉がちょっと気になっています。この言葉は岩手県三陸地方久慈市でも一部でしか使われていない、というコメントを何かで読んだことが頭に浮かんだ途端、先日、友人が送ってきたメールを思い出しました。
 そのメールには、社内の方がネットで見つけたものという注釈付きで『関西弁「来ない」について関西人の県の見分け方として──「きやらへん」京都・大阪・奈良、「こやん」三重鈴鹿、「こん」岡山、「きゃんせん」長浜、「けーへん」和歌山、「きぃへん」尼崎、「こやへん」三重、「きゃーへん」奈良、「こおへん」神戸、「きいひん」京都、「けえへん」大阪』というリストが書かれていました。
 僕自身もツイッターで見たような記憶はあるのですが、サラッと通りすぎていました。確かに、おっしゃるとおり。ひと言で関西弁といってもディテールを調べていくと細かく別れます。
 しかも、ひと言で神戸と言っても、僕が神戸で暮らしていた時に使ったのは「こえへん」だったと記憶しています。つまり、地区によって微妙に違っているのではと仮定することもできそうです。


 それはそうとして。


 子供の頃使っていた言葉ほど身に染み込んだ言葉はありません。誰かがおしゃべりしているのを聞きながら出身地まで想像してしまうことってありませんか。
 僕は関西弁を聞くと「この人、どこの人」と考えてしまいます。たとえば「けえへん」なら大阪南部かなとか、「きやらへん」だと京都の中心部の人とかいった具合いです。
 ひょっとすると方言こそその人の出自を表すIDなのではないかと大袈裟に考えてしまったり、方言こそ「母なる言葉(マザータング)」なのではないかと、ふと思ってしまったり。


 おもしろい。東京のように日本各地から集まってきた人々が暮らす場所だからこそ、方言の優位性があるようにも思いはじめました。
 江戸から続く「町人言葉」だけでなく、地域的な方言について調べてみるのを来年の課題のひとつにすることにします。


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