今は昔。路上上映会なるものあり
「そういえば東京では夏の例大祭はあっても地蔵盆はないな。夏休みの締めくくりはなんなんだろう」
東京の場合は祭事というよりも盆踊り大会のほうに重きが置かれているようだが、関西の場合は夏の締めくくりには、お地蔵様を敬いつつ、盆踊り大会などを開催する地蔵盆が行われていた。(過去形だが今でも続いていると信じたい)
東京に住み始めて数十年。大学入学まで生活していた神戸の記憶もすっかり薄くなった。大げさに言えば原体験の喪失である。
そんな私だが、地域の氏神様の例大祭ポスターを見た時、突然、数十年経っても忘れることが出来ない地蔵盆のことを思い出した。後にも先にもただ一回しか経験したことのない地蔵盆の夜の大イベントである。
それは広い道路を封鎖して、道の両端に立っていた2本の電信柱の間に巨大な白布で作ったスクリーンを張って映画を上映するという『路上上映会』だった。
上映された作品はまったく覚えていないが、風に煽られたスクリーンが膨らんだり凹んだりしていたことだけは今でも鮮明に覚えている。早い話、スクリーンがヨットの帆のようになっていたわけだ。
テレビジョンなる機械が誕生するまであと数年。まだ戦後の余韻が残っていた時代に子供にとって映画は最上級の“大人っぽい楽しみ”だった。おそらくその年のイベント担当者もそのあたりのことを考慮してくれたのだろう。
だが、風の影響を受け続けているスクリーンに映っているものは歪んだ“絵”だけだった。子供たちにとっては、観るというより推測する上映会だったわけだ。
それでも私は満足していた。とにかく子供にとって映画ほど贅沢な楽しみはなかったので、それに接するだけで興奮したのを覚えている。
今だに記憶の引き出しから引っ張り出せるのも、その時の体験がよほど強烈だったからに違いない。
(……それにしても、妙な事を思い出したものだ……)
3年ぶりに行動制限のない夏休みも今日で終わる。明日から学校だと一喜一憂している子供たちにとって今年は楽しい夏休みになったのだっただろうか。大人になった時に突然思い出すような体験をしただろうか。思い切り日焼けしただろうか。学校で友だちと“ひと夏の武勇伝”を語り合えるだろうか。コロナ禍によって歪められていた夏休みの風景がもとに戻っていればいいのだが。
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[season12/0831/25:30]
『処暑』‥酷暑が峠を越す頃。二百十日。台風シーズン到来。
photograph:matsuchiyama-shoden, taito city
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