江戸時代の味付けが消えていく
創業152年。江戸時代から続いてきた仕出し弁当の老舗が今日、終わりを迎えました。
『木挽町辨松』
東銀座の歌舞伎座で弁当を食べるならここというおなじみさんも多い仕出し屋さんということで、ご存じの方も多いでしょう。
科学的に作られた保存料など何もなかった江戸時代。弁当といえば塩や醤油を効かせた濃い味に作られるのは当然でした。しかも、そんな濃い味付けは当時の町民が好んでいたものだったと伝えられています。
そんな“江戸の味付け”をこれまで受け継いできたのが、今日見世を閉めることになった『辨松』だったと言っても過言ではないでしょう。
実は、僕が努めていた出版社では年末の仕事納めに日になると『辨松』の弁当が配られていました。その弁当のオカズをツマミにして一献酌み交わすのが年中行事のひとつになっていたわけです。
アルコールをまったく受け付けない僕は、ツマミとして口にするとしょっぱ過ぎるので、素直に弁当としていただいていました。
でも、この味が良かったんです。
ご飯と一緒に食べれば「本来の弁当とはこれなんです」と語りかけてくるような存在感があったのを覚えています。
相対的に佃煮の味が塩分控えめになってしまって久しくなりましたが、ここにきてまたひとつ、江戸の味が消えていくとは。
時代の流れ、新型コロナウイルスの影響、事業譲渡の頓挫などいくつも廃業の要素が重なったとは言え、なんとも寂しい話です。
江戸の味とともに僕の思い出も「記憶の引き出し」に仕舞うことになったようです。
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