∞∞この続きはコーヒーと一緒に∞∞

その日その時、感じたことを感じたままに。まるで誰かと語り合うコーヒーブレイクのように。

≡≡ 「麦秋至」で思い出した作品と人 ≡≡

小津安二郎原節子

 6月1日。七十二候では今日からの約一週間は「麦秋至(むぎのときいたる:ようやく暑さが加わり始め、麦の収穫時期になる頃)」に当たります。

 日本の四季を表す言葉として今も生き続けている二十四節気を、より細かく三つの候に分けた七十二候は一週間ごとの移り変わりを表したものです。旧暦と新暦の差があるはずなのに的確に日本の季節感を表しているので僕もたびたび利用しています。

 そんな「麦秋至」で思い出したのは小津安二郎監督の作品『麦秋』でした。

 ひと言で言えば、北鎌倉に住む植物学者の家庭に起こった結婚話を軸にしてお見合いと恋愛のどちらを選ぶかを描ききった作品です。笠智衆原節子東山千栄子杉村春子淡島千景という、日本映画がもっとも輝いていた時代の名優たちが見事に演じきった、小津作品のなかでも名作と言っていい作品です。

 あくまでも静かに粛々と進んでいくストーリー。“畳に座った時の視線”を基本にしたローアングルかつ左右にパンさせないカメラワーク。静かな語り口の中に隠された軽妙な台詞回し。
 そんな作品創りに応えた主演の原節子は、戦後の新しい女性像を醸し出すかのように上品さと穏やかさ、そして芯の強さを持った女性を演じきっていました。

 この作品をはじめて観た学生時代、僕は「静かなカメラワークの中に存在している豊かな心理描写こそ芸術表現だ」と考え込んでしまい、どこかで小津作品が上映されるたびに観に行くようになったのを覚えています。ただ、作品を観に行ったのか、原節子を観に行ったのかは我ながら疑問ですが。

 これから夏を迎えようとする麦の収穫期に蒔き起こった結婚話を通して戦後の日本人の生き様や心情の変化を描いた『麦秋』。僕はこの映画で日本映画の素晴らしさと原節子の魅力を知ったような気がしています。

[3135]