∞∞この続きはコーヒーと一緒に∞∞

その日その時、感じたことを感じたままに。まるで誰かと語り合うコーヒーブレイクのように。

あの彼が売り込みに

【関係者各位に敬意を】

 今夜、あのご夫婦と定例になった食事会を開きました。
 いつもは天気のことや訪れた場所など、当たり障りのない話題で場を繋ぎ、僕の友人がトイレに経った時など席を空けた隙に体調のことや問題行動のことを奥様に聞くようにしています。しかし、今日はいつもと違いました。築地祭りに行った話でひとしきり過ごした後、彼の売り込み活動についての話に。
 最初に言っておきます。彼は今、何が進んでいるか、判っているようなフリをしながらも実際のところは何も理解できません。今夜もその話題に対してほぼ無反応といってもいいくらいでした。
 彼は奥様に言われるがまま、とある出版社に新しいコラムページの企画書を出したようなのです。古くから続いている雑誌でその分野では非常に権威のある雑誌とだけ言っておきましょう。旧知の編集長から新しい編集長に変わってからご挨拶にお伺いしていないという名目で売り込みを開始、少しずつ企画を膨らませながら話を進めているというのです。
 はっきり言って彼はその流れを理解できません。すべては奥様の指示で動いています。つまり彼の役割は実績を語ることだけ。企画の段階から資料集めまで奥様の上手い誘導で彼は動いています。
 と、書くと詐欺じゃないかと思われるかもしれません。しかし、これも認知症の進行を少しでも遅くしようという奥様の考え。仕事に取り組むという刺激が脳を活性化させるのではという奥様の思惑から出たアクションです。実は旧知の編集長は彼が認知症を患っていることを知っていらっしゃいます。おそらく新編集長もそのあたりのインフォメーションは受けているはずです。万一受けていないとしても、最終的には教えられるでしょう。そして企画はなかったことになるはずです。
 ある程度話が進んだところで、きっと納得のいくお断りが入るはずです。奥様はそれでも構わないと覚悟されています。彼だけが自分の周りで何かが進み、しぼんでいったと感じるだけ。彼にとっては残酷な結果になるかもしれません。
 しかし、それくらいの刺激を与えないと症状が進行するばかり、できることは何でもやってみるという奥様の覚悟と、穏やかに付き合ってくれている編集部に敬意を払わないわけにはいきません。
 今夜の定例会は医療と介護の実践だけが介護ではないという現実を見せつけられたような会になりました。ひとりの男を周囲の人たち全員でサポートする姿勢の大切さを教えたようです。

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