∞∞この続きはコーヒーと一緒に∞∞

その日その時、感じたことを感じたままに。まるで誰かと語り合うコーヒーブレイクのように。

≡≡ 1年で数回だけの大渋滞日 ≡≡

これでいいんです、谷中は

 秋のお彼岸も昨日、今日がピーク。お墓参りにいらっしゃった方も多かったのではないでしょうか。
 寛永寺とその霊園。各宗派揃い踏みになっている数十のお寺とその霊園。そして都立谷中霊園。谷中はお墓とお墓の間に住居があると言っても言い過ぎではない地域です。

 動物園や博物館、美術館、音楽ホール、大学などが集中している「上野の岡」は上野のお山とか、忍岡とか言われているエリアです。岡の半分は公園エリアですが、残ったエリアのうち半分程度がお墓で、人間が生存しているのはその半分。全体で言えば25%程度の場所に人間が住んでいる「人口密度が極めて低いエリア」です。町名で言えば、谷中・上野桜木・池之端と根津・千駄木の一部が一般的に言われている谷中であり、谷根千というわけです。

 そんなエリアが大混雑するのが春・秋のお彼岸とお盆。そして春のお花見の時期です。

 「片側1車線対向2車線、右折レーンなし」という、このエリアでもっとも幅員のある言問通りが大渋滞を起こすのもこの時期。ここ二日間は根津の交差点から谷中の中心地や寛永寺坂を経て鶯谷の根岸交差点までズラッと車が並んでいます。
 しかも、千駄木近くの谷中銀座よみせ通りは観光スポットとして内外の観光客が詰めかけています。

 ここまでなら、谷中地区の道路拡幅や高さ制限緩和などの問題は改正して当然ということになるでしょう。でもいらないんです。このままでいいんです。
 路地は人がすれ違えれば充分、オンボロ古民家をリフォームして住んだり、お店にしたりするのが心地よいんです。谷中を生活の中心に置くということはこういうことです。

 江戸時代の火除け地にはじまり、関東大震災東京大空襲を経験した結果策定された都市計画に沿って街作りが行われてきた上野や浅草、浅草橋と、山の中にお寺とけもの道しかなかった所に人が住み始めた忍岡(谷中)では発祥の根本が違います。
 歴史を踏まえた上での街作りを進めて、住み易く、しかも観光客が楽しめるエリアにすることこそ重要なのではないでしょうか。ただ単に交通安全と人口増を目指した街作りでは谷中の魅力が失われるのではないでしょうか。

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