∞∞この続きはコーヒーと一緒に∞∞

その日その時、感じたことを感じたままに。まるで誰かと語り合うコーヒーブレイクのように。

春うららの隅田川

隅田川は古来からいくつかの歌に取り上げられてきた、東京下町には欠かせない川である。
 在原業平は『伊勢物語』で「名にし負わば いざ言問はん都鳥 わが思ふ人はありやなしやと」と詠んだ。都から遠く離れた江戸の地で、都に置いてきた恋人を想う恋歌である。
 滝廉太郎は『歌曲集・四季』の中で「花」という歌曲を作った。
 ♪春のうららの 隅田川、のぼりくだりの 船人が
 櫂(かひ)のしづくも 花と散る ながめを何に たとふべき♪
という小学校の音楽の教科書にも掲載されている歌である。
◇かなり時代的には離れているが、現代の隅田川の花火の歌『隅田川夏恋歌』も含め、いつの時代も人々をドラマチックな雰囲気にしてきた。
◇今年も隅田川河畔の桜が散り始めた。
 隅田川流域の中でも、台東区墨田区に面したエリアは毎年花見の絶好ポイントとして人気を集めてきた。しかし、今年は「自粛」という「集団催眠」に似たムーブメントの中、人出も幾分少ないし、花見酒の宴会も減っている。
◇それはそれとして。隅田川に面した桜は隅田川の川面に落ちる散る花が美しい。何とも言えない風情を感じる春の風景である。滝廉太郎の「花」は、そんな美しき春の一日を表現した歌曲だったのだ。決して音楽の授業用の歌ではない。もっと評価が上がればいいのだが。
◇そんな散り始めた隅田川の桜を今年も見ることができた。淡いピンク色の花びらが風に乗り、ハラハラと川面に落ちていく。
 花びらが流れていくのを見ていて「この花びら、川を下り、東京湾に出た後、太平洋に流れていく。そして黒潮に乗って三陸沖にたどり着くものもあるのでは」と、ふと思ってしまった。
 残念だが、なかには沖合いまで流された方もいたのではないか。だとすると、この桜の花びらはそんな方への鎮魂の花になる。
◇安らかに眠りたまえ。毎年、桜の花が黒潮に乗って日本の春を届けます。
◇こんなことを思いながらの花見。不覚にも涙が出そうになってしまった。
 僕のことだ。きっと、毎年桜の季節になると、今回の地震を思い出すだろう。そして、今日と同じように見知らぬ人のために涙を流すことになるだろう。
 日本の体制が激変しようとしている今、隅田川の桜が、僕の心の中にあった「のんびりとした春のイメージ」までも変えてしまった。
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