【動き回って】
社会人になって数年経った頃から「動きながら考える」ことが習い性になってしまった僕ですが、近頃その習性が変異を起こしつつ以前より強くなったような気がしています。
ちょっと大袈裟に言うと、マグロやカツオ、ブリ、イワシ、サンマのように常に動き回っていないと死んでしまう回遊魚と同じようだと感じることもしばしばです。
エラを動かさずに身体を動かすことで老廃物を排出したり、呼吸をしたりすること。浮き袋がないため動いていないと沈んでしまう。季節によって生息海域を移動し続けるのが回遊魚。
ひょっとすると僕も回遊魚のような生活をしていないかと感じてしまうことがあるワケです。正直なところ、一瞬ながら、元気いっぱいなのにどこかに空しさが付きまとっているように感じることも。
今日はそんな回遊魚の休日でした。せっかくのチャンス。仕事から離れ、時間を掛けて“明日”のことを考え、自分を取り戻したような気持ちになれた一日でした。もちろんストレスもなし。
こんなに回遊魚のことを意識するのは、きっと「回遊魚になりたくない」という意識の裏返しなのでしょう。足元を確かめながら、自分なりの見識を持って、自分の時間割で……。そんな自分を思い描いているのかも。以前のように「動きながら考えていた」時代とは違う思いであることは確か。当時はケースごとに確たる着地点を自ら決めることが出来たのですから。今のように「どこまでも」という状態とは明らかに別物だと感じています。
さて、こんな気持ちに封印する時間が来たようです。ベッドサイドに明日の朝になれば「よし、行くぞ」状態になることは確実だと確信している僕が顔を覗かせています。
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