∞∞この続きはコーヒーと一緒に∞∞

その日その時、感じたことを感じたままに。まるで誰かと語り合うコーヒーブレイクのように。

美術の世界と出版不況

美術手帖

 「『美術手帖』を発行する美術手帖社が民事再生法の適用を申請した」。びっくりするようなニュースが飛び込んできました。この報道に接した時最初に頭に浮かんできたのが「『美術手帖』、お前もか」。未曾有の出版不況の中、何があってもおかしくないとはいえ、この雑誌までもという複雑な気持ちに陥ってしまいました。

 僕がこの雑誌を知ったのは今から数十年前の高校時代でした。美術には興味があるけれど、何も判らず何も知らなかった僕にとってこの雑誌は、何が書いてあるのかまったく理解できない怪物でした。当時、理解できたのはこの雑誌が日本語で書かれているということだけ。これほどチンプンカンプンなのに真剣に読み込んだ雑誌は数えるほどしかありません。背伸びがしたかった高校時代はあこがれの存在。大学時代は同時代性を確認するためにと読み方にも変遷があったように覚えています。
 社会に出てからは、ご無沙汰することが多くなりましたが、時折読んでは美術の世界に浸っていました。同時に出版社として、『美術手帖』以外に他社では真似の出来ない編集の単行本から美術イベント用の出版物まで「ここが出しているなら信頼できる」と安心して読ませてもらっていました。

 そんな出版社が民事再生法申請とは。苦しい中を頑張っていたんだろうなと想像するばかり。それでも単なる倒産ではなく民事再生法を申請できるというのはさすがだと感心しました。多くの出版社はそのまま倒産していきましたからね。ちなみに僕のいた出版社は外資に吸収され、出版物の多くと社名の片鱗は残ったものの、内実はまったく違った会社になってしまいました。
 裁判所の管理下に置かれても、あの『美術手帖』が残るならそれでヨシとするべきなのでしょう。 考えてみれば、いつの日か日の当たる場所に返り咲くという実現可能な夢を抱きながら、美術の世界を伝えるなんて素晴らしい体験じゃないですか。貧困と迫害の中、作品を作り続けた作家と同じ視点で美術を考察できる出版社なんてほかにはないはずですから。
 せっかくの機会です。僕は来月号から『美術手帖』を買うことにします。それしか応援のしようがありませんから。

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