∞∞この続きはコーヒーと一緒に∞∞

その日その時、感じたことを感じたままに。まるで誰かと語り合うコーヒーブレイクのように。

「朋あり遠方より来る」


子曰(のたまわ)く、学んで時に之を習う。
亦、説(よろこ)ばしからずや。
朋(とも)あり遠方より来(きた)る、亦楽しからずや。
人知らず、而(しかう)して慍(いか)らず、亦君子ならずや。

◇学術的な研究はもとより、ビジネスの最前線を生き抜く人たちの箴言集としても活用されている『論語』の最初に語られている文章である。
学んだことを復習すれば知らなかったことが理解出来る。喜ぶべきことである。
遠方の友が訪ねてくれることほど、嬉しいことはない。楽しむべきことである。
自分のことを他人が知らなくても気にしない人ほど成熟した人というものだ。
と、こんな意味の言葉から論語は始まる。
◇実は、今日、フェイスブックに旧知の人間から連絡があった。思ってもいなかった人物だったので本心から驚いてしまった。
これで、mixiフェイスブック合わせると数名、十年以上音信不通だった人たちと再会することが出来たことになる。
なんともSNSの威力には脱帽するしかない。きっとこまめに探せばもっと知り合いがいるのだろう。どうも僕のズボラな一面が出て、探していないのが問題なのかもしれない。
◇音信不通だった旧知の人間に出会った時の感激や興奮は何よりも純粋で素晴らしいと思う。たとえ、当時、あまり深い付き合いではなかったとしても、見知った顔や声に接すると、なんだか、若かった昔に戻ったような気もするし。いわば、個人規模の同窓会である。
◇ほんの数年前までは街で出会う以外、音信不通だった人間と出会うことはなかった。それが、どうだ。今では、コンピュータの前に座っていれば、インターネット上で出会うことが出来る。スカイプを使えば、動画でコミュニケートすることだって簡単。
時代がドラスティックに、そして急激に変化していく現代。もっとこの時代を楽しまないと、せっかくの人生、充分に生きたと言えないのかもしれない。そんな気持ちになった一日だった。
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