∞∞この続きはコーヒーと一緒に∞∞

その日その時、感じたことを感じたままに。まるで誰かと語り合うコーヒーブレイクのように。

四十九日

◇あの日から49日。今日は、多くの人たちが言葉に出来ないほどの恐怖の中で亡くなった人々の霊を慰める四十九日の法要が取り行われた。
 報道によると被災した各地では合同慰霊祭が行われたという。火葬が出来ない。自宅だけでなくお墓まで流されてしまい納骨が出来ない。仮埋葬のまま。なかには未だに遺体が発見されていない方もいらっしゃるとか。いろいろなケースがあるようだが、いずれにしても亡くなった方にとっても、生きている方にとっても悲しく辛い法要になったのではと思うと心が痛む。
 また、こんな「節目の日」に遺体で発見された方もいらっしゃるという。
◇被災地から遠く離れた比叡山延暦寺でも法要が取り行われた。きっと、日本全国のお寺で同様な法要が行われたことだろう。
 また、明日4月29日には、日本に滞在中のダライ・ラマ法王による法要が東京・護国寺で取り行われるという。
◇もともと仏教の教えでは亡くなってから49日目に閻魔大王から極楽浄土に行けるかどうかの判定が下されるとされ、この日が「忌明け」として盛大に法要が執り行われる日とされている。
 今回亡くなった方たちすべてが極楽浄土へ行かれることになったのは確実だが、それにしても、あまりにも悔しい。これが自然の厳しさなのだ、と純粋に割り切ることには抵抗がある。
◇法要自体が悲しいものであることと同時に、報道記事やテレビニュースで、亡くなった方の年齢に「当時」という冠詞が付いていることに僕はショックを受けた。冷静に考えれば、当然のことなのだが、まだ、この言葉を使うほどの年齢に達していない幼子も多くいるのに。受け入れることしかない事実だとは分かっているが。
◇しかし、悲しんでばかりいては前へ進めない。何が何でも復興しなければ。そんな気持ちを大切に、今日を「節目の日」として記憶しよう。
 もちろん、被災地だけのことではない。日本全体の「節目の日」、僕にとってもなんらかの意味を持った忘れてはならない日として心に刻んでおこう。
◇希望を絶やさずに、少しずつ前へ進んでいこう。新たに美しく心地よい街を築き、微笑みが人々を包む日が来ることを確信して。
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