∞∞この続きはコーヒーと一緒に∞∞

その日その時、感じたことを感じたままに。まるで誰かと語り合うコーヒーブレイクのように。

アジアの衣装、アジアの思想

【遠くても近い】


 ブータンの国王と王妃が新婚旅行も兼ねた日本訪問を終えて帰国されました。日本の農業支援で国勢が大きく変わったことに深い恩義を感じ、今回の大震災の時にもいち早く支援を申し入れてくださった国の若き指導者の来日は、日本人として見習わなければいけないところや、思い出さねばいけないところがいくつもあったように感じています。
 同じアジアの国とは言え、遠く離れた国のように思っていたのですが、根底に流れる思想を色濃く反映したお言葉に触れた時や、日本の着物と同じルーツを持つ民族衣装を拝見した後は「アジアは遠くても近い」という思いを抱くようになってしまいました。


【呉服繋がり】


 中国、ブータンミャンマービルマ)、タイと日本の着物のルーツにはいくつかの説があります。
 「呉服」という言葉が示すように八世紀頃の中国の覇者、呉の国の民族衣装が日本に伝播して日本の風土や体制に合うように変化していったというのが最も有力な説のようです。しかもブータンの民族衣装のことを「ゴ」あるいは「ゴー」ということを考えるとこちらも呉の民族衣装が根付いたものと推察出来るのではないでしょうか。ちなみに女性の正装は「キラ」と呼ばれ、日本の紬と同じような文様が施されています。
 「袈裟衣(けさい)」や「貫頭衣(かんとうい)」ではなく「巻衣(まきい)」であるというフォルムや着こなし方をはじめとして、絹や木の繊維を素材としている点から見てもルーツは同じと断定してもいいはずです。
 一日目は、もっともフォーマルな「地紋の入った無地」だったことや、子供たちと会った日は、少しカジュアルにざっくりとした風合いの「紬」だったことも日本的な発想と同じです。おそらく、呉の国でもこのような「素材の格」が決められていたのではないでしょうか。
 巷では、ブータンの国王夫妻が日本の着物を着ていたと騒いでいる方やメディアもあるようですが、そうではなく、同じような民族衣装を着る国の人々なんだと意識を変えていただきたいものです。
 ちなみにブータンでは公の場ではゴーやキラを着ることが法で定められているとのこと。国賓として訪問されたなら当然、あのような着こなしになるはずです。


老子と国民生活度】


 孔子の思想をまとめた『論語』、戦の心得を中心にまとめた孫子と同様、道徳規律を説いたものとして伝えられてきた老子の思想など中国の思想家の考え方はアジア全域に広がっていると考えられます。
 そんな中でブータンの思想には、道教の教えにも大きな影響を与えたとされる、老子の説いた思想が色濃く出ているのではないでしょうか。正直なところ、老子の思想は、あまりにも生真面目過ぎて、納得は出来ても実行できそうにない点もあり、僕にとっては「ちょっとけむたい」存在のように感じています。
 しかし、今回のご訪問で行われたことや語られたことをはじめとして、世界の国民総幸福度ナンバーワンという国連の調査を考えると「まじめすぎるほどまじめな事」や「道教的な逆説的自己否定」も再評価する時がきたのかもしれません。「イケイケ」から「どうぞどうぞ」へ。「人を蹴落としても前へ出る」ということよりも「出たい人にはとりあえず道を譲る。いずれ近いうちにそんな人は凋落する」という老子の思想には、どうしても馴染めないところが多いのですが、「ひとつになることの重要性」を改めて考えさせられた今年からは、老子の道徳律を意識したほうがいいようにも感じています。


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