∞∞この続きはコーヒーと一緒に∞∞

その日その時、感じたことを感じたままに。まるで誰かと語り合うコーヒーブレイクのように。

≡≡ おかえりなさい。アグネス ≡≡

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まずは体力回復から

 私が初めて香港を訪れたのは返還のかなり前、空港がまだ繁華な市街地にあった頃だった。それ以降、返還式典を挟んで数回(合計50日程度)訪れたが、そのたびに、香港人のバイタりティと、誰でも受け入れてくれる懐の深さに魅了されることばかりで、ついには「ここにくれば元気になれる」と確信するようになっていった。

 そんな個人的な思い出話はともかくとして。アグネス釈放の話である。

☆☆☆☆☆☆☆

 香港が英国から中国へ返還され“二つの中国”として歩み始めて数年。
 中国の中央政府は香港行政長官の選挙を巡って民主派の立候補を実質的に排除する措置を取った。
 それに抗議する若者たちは「香港衆志」という名の民主化団体を作り、香港行政府とその背後に控えている中国中央政府に反旗を掲げることになった。

 これが今も燻り続けている香港の民主化運動の始まりである。

 武器を持たない若者たちが放水や催涙弾を避けるためにビニール傘を持って抵抗したことから若者たちの民主化運動は、いつの頃からか『雨傘革命』と呼ばれるようになったのだが、その運動の中で“女神”と呼ばれるようになったのが、今日釈放された周庭(アグネス・チョウ)氏である。

 ちなみに、多くの香港人と同様に英語名を持つアグネスは流暢な日本語も使いこなす。そのため、香港民主化のスポークスパーソンとして東京大学明治大学、東京のプレスセンターなどでトークイベントを開催したことで日本の人たちにも知られるようになっている。

 そんな彼女が刑期を短縮して釈放された。

 ニュースでは疲れ切った様子で車に乗る彼女が映し出されていた。またインスタグラムには真っ黒な画面と、見守ってくれた人への感謝の言葉、そして「この期間に痩せて弱々しくなってしまったので、これからゆっくり体を休めたいです」というコメントをアップしている。

 疲れ切っているだろうし、収監されている仲間のことを気遣って言いたいことも言えない状況でもあるのだろう。しかも、いつ再度起訴されるかもしれないので、自由な活動も控えざるを得ないのだろう。
 先日の民主化運動の有力な支援者『リンゴ日報』の創業者、黎智英氏の保釈といい、G7で中国への圧力を強めている時期の釈放といい、中国の中央政府が何を考えているのかを探らなければいけなくなっているという事情もあるだろう。

 それでも、良かった。久しぶりに自由の空気をたっぷりと吸い込めば、すぐに元気になれる。

 今はただ「アグネス、おかえりなさい」とだけ言わせてもらおう。

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芒種』‥田植えの季節。
     転じて、先々の実りに向けて着手する頃
[0612 - 3809]
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≡≡ まだ何も変わっていない ≡≡

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今日も元気だ。
気持ちを引き締め、要警戒。

 自治体による接種に加えて自衛隊の大規模接種でワクチン接種が着実に進むなか、今度は大企業中心に職域接種が始まろうとしている。
 一方で、緩やかとはいえ、新規感染者も減少している。どこにも行かず東京で悶々と過ごしている私は、一時の深刻な気持ちと比べると多少解放されたように感じられるようになった。
 マスク、消毒、手洗いというルーティーンに変わりはなくても、気持ちの持ち様が違うというだけでこんなに気楽になるものかと我ながら呆れている。

 だがしかし、私はワクチン接種未了にも関わらず、行動半径だけは確実に広がり続けている。つまり感染リスクは以前より高まっているはずなのだ。

 世の中でどんなにワクチン接種が進んでいても、それは人さまの話。オマエの感染リスクは何も変わっていないと自らに言い聞かせなければいけないようだ。
 一年以上、注意を怠ることなくコロナ禍と共存してきたのだ。たかが1カ月や2カ月最高レベルの感染警戒期間が伸びたところで大したことはない。

 これからしばらくは「少なくともワクチン接種が完了するまでは警戒心を解くな」が個人的な標語になりそうだ。

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芒種』‥田植えの季節。
     転じて、先々の実りに向けて着手する頃
[0611 - 3808]
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≡≡ ハッカ油の季節 ≡≡

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今年もお世話になります

 生まれてはじめてマスク姿で過ごした昨年の夏のある日、うっとうしさに悩みながら過ごしていた私に救いの神が現れた。

 北海道産のハッカ油である。

 知人から「けっこうマスク姿でもスッキリするぞ」と聞いていたのだが、手に入れて試してみると、液体を付けすぎたようで、けっこうどころか効きすぎて、効きすぎて。すぐに新しいマスクを取り出して交換してしまった。
 買ったときに「付けすぎると皮膚がヒリヒリしたり涙が止まらなくなったりしますから、必ず1~2滴にしてください」と言われていたのを無視した報いである。
 再度新しいマスクにハッカ油を1滴垂らして試してみると、今度はうまくいった。マスクの内側の湿度は変わらないが、鼻に入ってくる空気はスースーしていたのだ。

 よし、これならばと使い始めた。

 1滴で1~2時間しか効果がないため、たびたび“補給”してやらないといけないし、ジメジメ感はそのまま。完璧とは言えないけれど、呼気の快適さだけは確保出来るようになったのだ。

 梅雨入りもしていないのでまだ早いと思っていたが、今年のような暑さだとそうも言っていられない。ハッカ油付きのマスクで過ごす夏がはじまった。

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芒種』‥田植えの季節。
     転じて、先々の実りに向けて着手する頃
[0610 - 3807]
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≡≡ 伝法院通り騒動記 ≡≡

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なぜいまさら

 東京観光の代表格として江戸時代から親しまれてきた浅草寺にお参りに行く時は誰もが“本堂”に向かう。しかし、客殿や住職の間、台所、書院などが入る“本坊”は仲見世の西に位置する「伝法院」にある。知る人ぞ知る美しさの中庭もこの中にある。

 今、この伝法院の南側の区道を舞台にして台東区とそこを専有している小売店32軒との間で騒動が起こっている。

 戦後すぐから闇市として栄えていたが、現在の浅草公会堂を新築する時に区画整理が行われて伝法院の壁に沿った小屋店だけが残って営業を続けてきた。資金を出し合い、決して豪華とは言えない長屋式の商店街だが、それなりの体裁も整えてきた。
 仲見世商店街と同様に、個々の店のシャッターには浅草らしさを感じさせるイラストが描かれていることもあり、今では浅草観光には欠かせない商店街のひとつになっている。

 しかしその商店街は、現在の店舗に建て替える時に当時の区長との間で道路使用料なしでつかってよいという口約束を得ていた。
 その口約束を根拠に以後40年ほど、いわば借地料に当たる使用料を納めることなく営業してきたわけだ。
 ちなみに台東区は、何度か立ち退きを求めていたようだが、そのたびに区との間の暗黙の了解があるとして話は持ち越しになっていたらしい。

 ところが、そんな時間の流れがここに来て急に変わり、立ち退き話が本格化してきてしまったのだ。
 そんな話を信じる

 びっくりしたのは当の商店街だけではない。地元民も常連の観光客も驚くやら、呆れるやら、怒りにかられるやらの大騒ぎになってしまったのだ。当たり前である。日常風景が突如消えてしまうなんて想定外もいいところだったのだ。
 古き佳き浅草の風情が残る商店街が消えてしまったら、ただでさえ残り少なってしまった浅草らしさがまたひとつ消えてしまうと感傷的になっている向きも多い。

 充分すぎるほどの道幅があるにも関わらず、区は道路拡幅を目指しているというがそれだけだろうか。観光資源のひとつを消してしまって何かメリットでもあるのだろうか。

 いったい区は何を目論んでいるのだろう。

 地代なのか道路使用料なのか、それとも浅草寺周辺では珍しい分譲なのか。解決方法はいくらでもあるはずだ。とにかく健全な形で営業が継続できるように早期に決着を付けてほしいものだ。

 立ち退きなどというヤボな話は浅草には似合わない。

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芒種』‥田植えの季節。
     転じて、先々の実りに向けて着手する頃
[0609 - 3806]
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≡≡ 今日も夏本番のように暑かった ≡≡

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芒種』なのに
梅雨はどこへ行った

 昨日に引き続き、今日も暑かった。
 今年も、こめかみから流れ落ちる汗と、マスクの下でジットリこもった汗混じりの呼気がないまぜになる季節がやってきた。

 それにしても、梅雨はどこに行ってしまったんだろう。たしか数カ月前には記録的に早い梅雨になると言われていたのに、いまだに梅雨らしい気配はまったくない。梅雨なしのまま夏に突入してしまいそうな勢いだ。

 ところで、今は二十四節気で表すと『芒種の候』である。改めて江戸時代に著された暦便覧を紐解くと、この時期は「芒(のぎ)ある穀類、稼種する時なり」とある。梅雨の雨が稲などの作物の植え付けを後押ししてくれる時期というわけだが、それが転じて「先々の実りに希望を託す頃」とも言われるようになっている。

 まさか、今年は梅雨時を飛ばして夏に突入するので「先々の実り」は諦めろというわけでもないだろうが、天の邪鬼な私としては、やはり梅雨は梅雨としてやってきてほしいと思ってしまう。
 なにより齢を重ねた私にとっては、暑さに慣れる時期がないのはツライ。梅雨なしで真夏の予行演習に突入するなんて、お天気の神様は何をお考えなんだろう。

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芒種』‥田植えの季節。
     転じて、先々の実りに向けて着手する頃
[0608 - 3805]
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≡≡ 反面教師 ≡≡

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危機に瀕した時の
リーダーシップのあり方

 オリンピックの開会式が目の前に迫ってきている。そんな重大な局面を乗り切る使命を課されている我が国のリーダーは、いまだに“はじめにオリンピックありき”の姿勢を崩すことなく、なし崩し的に開催に突き進もうとしているかのようだ。
 その発言は、定形的な発言に終始するか、精神論を貫くかのどちらか。万一、追い詰められると、嘲笑を買うこと必至な皮肉や揶揄でその場をしのごうとしているようだ。

 今の状況を見ていると、私のような素人でも危機を乗り越えなければいけない重大な局面に立たされたリーダーにとって必要な資質とは何かが分かってくるようだ。

「戦略に精神論を持ち込まない」。
「最終目標を示す時は同時に段階的な目標設定も示すこと」
「到達点を示す時は明確かつ数値化する」。
「常に向かうべき方向を指し示す」。
「方針転換すべき時は勇気を持って迅速に」
「失敗した時ほど問題から逃げずに直視するべし」
「人からの信頼感がなければ何も成就しない」

 まだまだいくらでも浮かんでくる。まさに現政府には感謝感謝。反面教師にさせてもらうのは充分すぎるくらいだ。

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芒種』‥田植えの季節。
     転じて、先々の実りに向けて着手する頃
[0607 - 3804]
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≡≡ 六歳六月六日 ≡≡

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稽古始めの日

 15世紀前半(室町時代)に能の始祖と言われている世阿弥は『風姿花伝』という能の理論書を著した。
 現代に伝わる能や歌舞伎の根本をまとめた書とされ、今も教え伝えられているが、その冒頭に「この芸において、おほかた、七歳を以て初めとす」と
記されている。この記述を意訳すると「能の芸を習得し始めるには7歳の6月6日から始めるとよい」ということになる。
 数え年の7歳は満6歳のこと。これが今の習い事は6歳の6月6日に始めるといいという風習につながっているわけだ。

 この「稽古始め」という風習を「何かを始める日」と捉えてみるとどうなるだろう。
 何も新しい勉強でなくともいい。何かに挑戦しようと決めることでもいい。ハードルが低くなるように、あくまでも緩い基準を設定すると取り組みやすいはずだ。必要なのは、一度決めたものは諦めることなく続けること。何年か経って高みに到達していればいい。

 さて、そんな芸事始めの日。私は、今のところ海の物とも山の物ともつかぬ課題に取り組む準備をし始めた。正直なところ、生まれてはじめてのゲン担ぎである。
 常に前向きでいたいという個人的な思いもあるが、同時に、コロナ禍に沈静化の気配が濃厚になり、社会が大きく動き始めたときにつまずかないようにしたいという思いに向けたトライアルでもある。また、消極的になりがちなご時世だからこそ積極的であれという自分への叱咤激励でもある。

 私にとって今年の稽古始めは、新たな挑戦をスタートさせる日になったようだ。

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芒種』‥田植えの季節。
     転じて、先々の実りに向けて着手する頃
[0606 - 3803]
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≡≡ 『芒種の候』 ≡≡

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先々の実りに希望を託す頃

二十四節気では、今日から約2週間は『芒種(ぼうしゅ)の候』。
 米の籾殻の先に付いた「芒(のぎ)」と「種」という組み合わせが示すとおり、稲の作付けが始まる頃である。

 江戸時代に著された暦便覧では「芒(のぎ)ある穀類、稼種する時なり」と記されている。今では転じて、先々の実りに向けて種を蒔く頃とも言われるようになっている。

 現代では多少事情が変わってしまったが、古くから日本人の食から精神性まで、すべてに影響を及ぼしてきた稲作は、食糧生産の域を超えて、豊かな実りを象徴する行事だった。当然、梅雨時に始まる田植えは、祭事同様に特別なものとして捉えられてきた。

 そんな田植えの季節を知らせてくれるのが『芒種』である。祭事という側面が薄らいできた現代では、転じて、実りある未来に向けて、新たなことに着手する時期とも言われるようになっている。

 さて。コロナ禍の中で迎えた今年の『芒種』はどんな時期になるのか。楽しみにしていよう。

 

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芒種』‥田植えの季節。
     転じて、先々の実りに向けて着手する頃
[0605 - 3802]
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≡≡ 無理はしても無茶はしない ≡≡

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湧き出す違和感が多すぎる

 なし崩し的にオリンピックを開催しようという政府とコロナ分科会の尾身会長との間の温度差が極めて大きくなってきた。いや、政府が医療分野からの意見は無視し始めたと言ったほうがいいかもしれない。

 コロナ禍であっても、なんとかオリンピックは開催してほしいと願っていた私だが、政府の現在の舵取りにはどうしても納得できない。

 なぜ?、どうして?、それはないだろう!。政府関係者から出てくる発言に裏付けがあれば納得もするだろうが、精神論や建前論ばかりで、ひとつとして納得できるものがない。力量を過信した人間だけが発する優越意識丸出しの発言を聞いていると、心の中に溜まり続けている違和感を自らなだめる手立てさえ失ってしまいそうだ。

 いま私が抱いている違和感の数々を集約すると「政府が理性を失いつつある」という最悪な印象ということになる。
 政府が「無理はしても無茶はしない」という言葉を思い出してくれればいいのだが。

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小満』‥青葉繁れる頃。万物に活気みなぎる
[0604 - 3801]
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≡≡ 予定通りの“なし崩し的発車” ≡≡

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いつの時代も
裏付けなき精神論が「失敗の本質」

 オリンピック開催に向けての準備が活発になってきた。中止するかどうかの議論が必要だとしても、いざ開催するとなった時の混乱を避けるためにもリハーサルなどは行って当然のこと。スケジュールから逆算すればそろそろ動き始めて然るべきだろう。

 だが、しかしである。
 どうもすべての動きが“神経を逆なでする”もののように感じられるのはどうしてだろう。
 今の進み方は、もし通常開催されていたらこうしていたはずという仮定スケジュールを上書きしているだけのような気がしてならない。
 ひょっとすると、国や都やJOCは、議論どころか、浮かび上がってくる反論や反発をのらりくらりとやり過ごしながら、実績を積み重ねながら開催への機運を高めていくという戦略を取っていたのではと疑いたくなる。

 もっと悪く考えれば「国民からの応援や支持をもとに機運を高めていこう」などという正攻法ではこの難局は乗り越えられない。“なし崩し”でも“見切り発車”でも“時間切れ”でも構わない。どんな手を使っても開催しようと目論んでいるのではとも考えたくなってしまう。

 オリンピック開催に問題があるのではない。携わっている人たちが国民目線で訴えかけてくれれば疑念も溶け、開催に向けての機運も高まってくるだろう。しかし、我が道を往くことしか頭にない彼らには、そんな姿勢は屈辱的でしかないのかもしれない。

 このブログでは何度か登場してきたのでいまさらだが。改めて、一冊の本の提案をしておこう。

 もし「嫌われ者になってもいいから開催するんだ」と決意しているのだったら、なぜ太平洋戦争で敗れたのかをまとめた『失敗の本質―日本軍の組織論的研究』を読んでクールダウンすることをお勧めする。
 検証することもなく、あらかじめ決めていた構想を精神論だけで推し進めた時の失敗がどれだけ悲惨なものになるのかが分かるはずだ。

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小満』‥青葉繁れる頃。万物に活気みなぎる
[0603 - 3800]
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≡≡ 歓迎・接種拡大 ≡≡

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機会は多ければ多いほどいい

 6月21日以降、従業員数1000人以上の企業や大学などが独自にコロナ・ワクチンの大規模接種を進めてほしいという大号令が掛かった。
 企業なら社員以外にもその家族や取引業者、会場周辺の一般住民まで。大学なら教職員や学生だけでなく取引業者まで。対象範囲の幅広さではこれまでで最大。会場や医療関係者の手配が各企業に任されているとはいえ、国が必要経費を全額負担するというオイシイ話である。これが実行されれば、かなり接種のスピードアップが望めるはずだ。

 企業にとっては事業活動の安定化以外にも社会貢献(CSR)の一環として利用できるイベントだし、新規感染者がもっとも多い若年層ばかりの大学などにとっては的を得た集中接種と捉えられる施策である。

 一挙に動き始めると医療関係者や会場確保、誘導方法などで齟齬が出ると危惧する向きもあるようだが、実際に稼働し始めるまでに3週間もあれば概ねクリア出来ると信じていたいところだ。

 できるだけ多くの人が早期に接種出来るかどうか。

 この課題をクリアするためには、こうやって集団接種が出来るチャンスを見つけるかに掛かっていると言っても差し支えないだろう。
 これ以降も、企業や大学で満足せずにあらゆる可能性を探ってもらいたいものだ。

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小満』‥青葉繁れる頃。万物に活気みなぎる
[0602 - 3799]
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≡≡ 6月1日 ≡≡

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勝負はこれからの1カ月

 2021年6月1日。あと1カ月で今年も前半の6カ月が終わる。
 年初を思い出してみると、春になれば拡大しているコロナ禍も落ち着き、オリンピックも予定通り開催出来るようになるんだろうと楽観的に考えていた。

 ところが、ところが、である。

 ワクチン接種はまだ初期段階だし、今日からは緊急事態宣言も延長期間に入っている。
 そんな危機的な状況のなかでもオリンピックだけは“人の迷惑顧みず、我が道を往く”と開催に向けて突き進んでいる。

 いったいこの国はどうなってしまったんだろう。

 未曾有の危機に際して、噴出し続けている問題を並行した時間軸の中でどうやって解決させていくのだろう。
 国は、ワクチン接種が進み、ある程度コロナ禍に落ち着きが見えはじめ、経済状態にも希望が持てるようになるのにどれくらい時間が掛かると考えているのだろう。

 多くの人と同様に、私はこれからの1カ月で大きな波が来るはずと感じている。

 たとえば、緊急事態宣言延長の効果が少し出はじめた6月下旬に“総合的な政治判断”でオリンピック開催を決定させ、それと同時に“ガス抜き”的な政策を次々と打ち出し、コロナ禍の混乱を沈静化させることと、オリンピック開催を同時に実現させようとしているのではないかと想像しているのだ。
 いわば「名」と「実」を一挙に獲得してしまおうという目論見である。

 そんな“ウマい話”を実行に移すためには、これからの1カ月が勝負の時。伸るか反るかの大勝負に勝てるといいのだが……。

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小満』‥青葉繁れる頃。万物に活気みなぎる
[0601 - 3798]
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≡≡ LGBT法案取り下げ・その2 ≡≡

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取り下げが妥当

 自民党が国会への提案を見送ったいわゆるLGBT法案に関して、ふたつの趣旨で反論が相次いでいる。
 ひとつは、今国会で審議すべきなのになぜ取り下げるのかという反論。もうひとつは、LGBTに対しての理解を深めるためにも法案を成立させるべきだという反論である。

 だが私は、議員たちのLGBTに対しての露骨な偏見や差別感に反旗を掲げ、理解させるのが先でなければ“理解増進”につながらないと考えている。
 「生物学上、種の保存に背く」「同性婚を招くことになる」「LGBT差別を否定すると訴訟が増える」云々。議員たちでさえ、この程度。これが現実なのだ。こんな土俵で法案を検討したところでロクなものはできない。審議そのものが形だけのものになるのは確実である。

 人と人が結ばれる時に“種の保存”は関係ない。心のつながりを理解すれば“同性婚”もあって然るべきだ。なによりも先入観で人を理解すると真の理解は出来ない。
 そんな基本を訴え続けることと法案の審議を並行させないといつまで経っても議論の無駄と取り下げられるのは目に見えている。

 “理解増進”という法の趣旨を活かすなら、法案提出まで何年掛かってもいい。どんな偏見や差別があっても諦めず、因習にまみれた思考や心情が変化させながら、地道な理解を積み重ねていくべきではないだろうか。

 この問題は、刷り込まれてきた深層心理や社会構造を一変させるものである。それだけに緒(いとぐち)や対症療法的な法になってはいけないと私は信じている。
 今は引き下って、あらゆる機会を捉えて理性的で粘り強い活動を続けていけば親和性の高い法律になると確信している。
 審議の取り下げでいっそうの意識改革が進むように願っている。

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小満』‥青葉繁れる頃。万物に活気みなぎる
[0531 - 3797]
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≡≡ どうなる沖縄 ≡≡

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最終手段は政治の強権発動にあり

 緩やかではあっても東京や大阪などではコロナの新規感染者が減ってきた。素人考えだが、このままいけば数週間後には医療現場にも落ち着きが戻ってくるだろう。

 それに対して沖縄は……。
 相変わらず新規感染者が増え続け、医療も限度を超えそうな勢いだ。

 なぜ、沖縄が。国や県には改めてこの疑問に答えてほしい。
 いや、答えも解決策も分かっているはずだが、国も県も強めのお願いベース以上の施策は取れずにいる。
 行っているのは、検温と抗原検査程度の空港検疫だけ。これでは保菌者に“どうぞお通りください”と言っているのと同じである。

 単なる想像だが、県は、検温と抗原検査程度ではウィルスの伝播を防ぐことは出来ないが、経済崩壊させないためには致し方なしと考えているのではないだろうか。
 ひょっとすると、エイサーや豪快な飲酒も県民性のうちと諦めているのかもしれない。

 一度でいいから、現状の感染爆発を止めるために「どんなに反論が出ても、県民の命と健康を守る」という毅然たる姿勢を取ってみてはどうだろう。
 原因を明言し、県独自の経済支援とともに厳しい私権制限を伴う解決策を実施する。私は、これくらいのことをしなければ沖縄に平穏な日々は戻ってこないと確信している。今こそ政治が強権を発動すべき時ではないだろうか。

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小満』‥青葉繁れる頃。万物に活気みなぎる
[0530 - 3796]
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≡≡ ワクチン予約 ≡≡

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ノーストレスで終了
あとは当日を待つだけ

 何を隠そう、私は65歳以上の高齢者である。

 私が住む東京都荒川区でもワクチン接種が進み出し、先日65歳以上の住民向けの接種券が送られてきた。しかし、すぐに予約を取ろうとしてもきっとアクセスが集中して取り難いのではと思い、今日までそのままにしていた。

 そろそろやってみるかと、今夕方PCからアクセスしたところ、あっけないほどノーストレスで完了した。
 あえてストレスがあったとすれば、カレンダー表示された予約可能日に「×」がズラッと並び、「○」の日を探すのに少し時間が掛かってしまったことくらいである。
 いかに区民の皆さんが急いで予約されていたのかも実感した。おそらく、ほとんどの国民と同様に「お願い」よりも「自己防衛」と考えられているのだろう。

 ちなみに、荒川区は人口約21.6万人。その内65歳以上は約5万人(いずれも令和3年5月1日現在)。当初から23区の中でも低い陽性率を保っている。
 接種体制は、毎日稼働している6つの接種会場と、小中学校など土日だけ稼働する3会場という布陣。クリニックなどでの個別接種は今のところ予定されていない。

 7月半ばに2度目のワクチン接種を終えた時にどんな気持ちになれるのか、楽しみになってきた。

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小満』‥青葉繁れる頃。万物に活気みなぎる
[0529 - 3795]
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